内藤陽介 Yosuke NAITO
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 岩のドームの郵便学(25)
2015-01-11 Sun 18:21
  『本のメルマガ』559号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、1977-78年にエジプト以外の各国で発行された岩のドームの切手をご紹介する6回目。今回はこの切手を取りあげました。(画像はクリックで拡大されます)

      インドネシア・パレスチナ(1978)

 これは、第一次中東戦争の開戦30周年にあたる1978年5月15日、“パレスチナにおける自由の戦士と殉難者の遺家族の福祉のために”と題してインドネシアが発行した切手で、岩のドームが大きく描かれています。

  インドネシアでは、初代大統領のスカルノが“第三世界の盟主”を標榜していたこともあって、1962年8月、ジャカルタでの第4回アジア競技大会開催に先立ち、アラブ諸国と中華人民共和国(以下、中国)との連携を重視して、参加資格を有するはずのイスラエルと中華民国(以下、台湾)の選手団に対してビザを発給しなかった(=入国を認めなかった)こともあります。

 これに対して、国際オリンピック委員会(IOC)、国際陸上競技連盟、国際ウエイトリフティング連盟は、参加資格がある国の参加を認めないことを理由に、第4回アジア大会を正規の競技大会とは認めないとの方針を表明。さらに、翌1963年4月にIOCがインドネシアのIOC加盟国としての資格停止(オリンピック出場停止)を決議すると、これに対抗しアラブ諸国12ヶ国が1964年の東京五輪のボイコットを示唆して、対立が深まりました。

 このため、1963年4月28日、インドネシアはIOCからの脱退を表明し(ただし、実際には脱退しませんでしたが)、中国を含む共産諸国、新興アジア・アフリカ諸国と同調して1963年11月にジャカルタで新興国競技大会(GANEFO)を開催。51ヶ国2700人が参加しています。

 もっとも、IOCをはじめ既存の国際競技連盟はGANEFOに出場する選手は五輪参加資格を失うと宣言していたため、IOCに参加していなかった中国以外は有力選手を出場させず、スポーツの競技大会としては、一部を除き低調に終わったというのが実情でした。

 その後もスカルノ政権とIOC(のみならず西側世界全般)の対立は続きましたが、1965年にいわゆる“9・30事件”が発生しスカルノが失脚すると、1966年以降、後継のスハルト政権の下、インドネシアは対外関係の修復に乗り出します。ちなみに、GANEFOの第2回大会は1967年にエジプトのカイロで開催が予定されていたものの、同年6月の第3次中東戦争によりエジプトを含むアラブ諸国が壊滅的な敗北を喫したため中止となりました。

 スハルト政権はスカルノ時代の外交路線を根本から否定し、親米・親マレーシア・反共(=反中・反ソ)路線に転換し、国連復帰を実現します。しかし、対イスラエル政策に関しては、イスラエルとの国交は樹立されないままの状態を維持し続けました。

 ところで、スハルトは国家理念として“新秩序”を掲げ、国軍とイスラム勢力の協力により、スカルノ、国民党左派、インドネシア共産党などの“旧秩序”を排除。すべての公務員にゴルカル(職能団体)への加盟を義務づけたうえで、さまざまな操作によってゴルカルを強化していきました。

 1971年の総選挙でゴルカルが圧勝すると、1973年には“政党簡素化”の名の下に、インドネシア国民党およびキリスト教政党を含むその他のナショナリスト政党はインドネシア民主党(PDI:Partai Demokrasi Indonesia)に、ナフダトゥル・ウラマやムスリミン・インドネシアなどイスラム系の諸政党は開発統一党(PPP)に統合。政府による指導部人事への介入や地方での党活動の制限などを通じて、イスラム勢力の非政治化による体制の安定を図ろうとしました。もっとも、PDIとPPPはもともと、政府によって強制的に統合された寄り合い所帯であったため、内部対立が絶えず、反体制派としての結集は困難な状況にありましたが…。

 こうした状況の下で、1974年、ポルトガルで左派を中心としたカーネーション革命が起こり、植民地の維持に固執していた“エスタド・ノヴォ”体制が崩壊すると、ポルトガル領旧植民地の独立が相次ぎます。

 インドネシアと隣接する東ティモールでも、即時完全独立を主張するティモール社会民主協会(ASDT、のち東ティモール独立革命戦線と改称)、ポルトガルとの関係維持を主張するティモール民主同盟 (UDT)、インドネシアへの統合を主張するアポデディの3党が争っていましたが、1975年、右派勢力と連携したインドネシア軍が西ティモールから侵攻。スハルト政権は、東ティモール全土を制圧し、インドネシア27番目の州として併合を宣言しました。

 これに対して、国連総会ではインドネシアに対する非難決議が直ちに採択されましたが、西側諸国は、東西冷戦下での“反共の旗手”としてインドネシアとの関係を重視し、併合を事実上黙認しています。

 こうした状況の中で、スハルト政権は1977年以降、パンチャシラ道徳教育の研修プログラムを大々的に展開することによって、国民の思想統制に乗り出そうとしました。

 パンチャシラとは、インドネシアの国是として1945年に定められた建国5原則のことで、具体的には、①唯一神への信仰、②公正で文化的な人道主義、③インドネシアの統一、④合議制と代議制における英知に導かれた民主主義、⑤全インドネシア国民に対する社会的公正が挙げられています。

 このうち、“唯一神への信仰”は、イスラム、プロテスタント、カトリック、ヒンドゥー、仏教、儒教の6宗教を公認する一方、全国民を6宗教のいずれかの信徒として登録するものとして制度化されました。その眼目は、無神論を違法として共産主義を徹底的に弾圧することにありましたが、その反面、たとえば、ジャワではジャワ古来の信仰にヒンドゥーや仏教、イスラム神秘主義の要素などが混淆したクバティナンと呼ばれる土着の信仰については、その法的な地位をめぐって、さまざまな軋轢を生ぜしめる副作用を産んでいます。また、世俗主義国家として西洋式の民法・家族法を導入すれば、そこには、伝統的なイスラムの家族法とも必然的に齟齬が生じることになりますので、それがイスラム勢力の批判を招くことは避けられませんでした。

 こうしたこともあって、1977年の総選挙では、首都ジャカルタとスマトラ島北部のアチェでは、イスラム系の開発統一党が与党ゴルカルを上回る票を獲得するという事態となっています。

 このため、スハルト政権としては、体制引き締めに乗り出すとともに、政府はムスリムが人口の圧倒的多数を占める国を統治する主体として、イスラムに対しても相応の配慮をしていることを示す必要に迫られました。その一環として、イスラエルとの国交で断絶状態が続いているという状況をふまえて、イスラムの聖地であるエルサレムがイスラエルによって不当に占拠されていることを批難し、全世界のムスリムとの連帯を呼びかけるという名目で発行されたのが、今回ご紹介の切手だったというわけです。

 ただし、“岩のドーム”に関しては、イスラエルは、撤退を求める国連決議を無視して第3次中東戦争時の占領地に居座り続けていることを批難するための、ムスリム側のシンボルとなっているわけで、東ティモール問題で国連の非難決議を無視して占領を続けていたスハルト政権に、はたして、イスラエルを非難する資格があるか否かという点については、疑問の余地は相当に残るのですが。

 
 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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