内藤陽介 Yosuke NAITO
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 蘭印での開戦
2006-05-27 Sat 18:05
 先ほどニュースを見ていたら、ジャワ島で大きな地震があって大勢の死者が出たとか。ジャワ島というと、どうしても、僕なんかは、いわゆる太平洋戦争中の日本軍の占領とその前後のことを連想してしまうのですが、そういうからみのものとして、今日はこんなモノをご紹介しましょう。(画像はクリックで拡大されます) 

バタビアの軍事郵便

 このカバー(封筒)は、太平洋戦争の勃発直後、オランダ領東インド(蘭印、現インドネシア)のジャワ島はバタヴィア(現ジャカルタ)からハワイのホノルル宛に差し出されたものです。

 いわゆる太平洋戦争は、1941年12月8日、日本がアメリカ・イギリスに対して宣戦布告し、両国も日本に宣戦布告して始まりましたが、これを受けて、12月10日、オランダも日本に宣戦を布告し、蘭印も日本との戦闘体制に突入します。首都のバタビアでは若者が徴兵され、野戦郵便局の活動も本格的にスタートしましたが、このカバーもそうしたバタビアの軍事郵便局から差し出されたものです。

 画像ではご紹介していませんが、カバーには、ホノルル在住の女性(文面からすると恋人か)に宛てて、日本軍の真珠湾攻撃を非難するとともに、彼女の無事を祈っている内容の手紙が同封されていました。

 切手は当初、ペンで抹消された後、バタビアを示す“A”の文字の入ったオランダの野戦郵便局の消印が押されています。おそらく、郵便物を引き受けた時点では、野戦局の消印が間に合わず、とりあえずペンで切手を抹消しておき、あとから野戦局の消印を押したものと考えられます。

 もっとも、開戦により郵便物を運ぶルートも途絶してしまったため、このカバーは実際にはホノルルに届けられることはなく、差出人に返送されました。そして、裏面には、そのことを示す1942年1月1日の印も押されています。

 その後、1942年3月1日、日本軍はジャワ島への攻撃を開始。早くも同月9日には、全島を占領し、おそらく、このカバーの差出人も日本軍の捕虜になったのではないかと思います。

 さて、いよいよ今日(27日)から、アメリカ・ワシントンDCのコンベンションセンターで世界切手展<Washington 2006>がスタートしました。僕も、新潮新書の『切手と戦争』の元になったコレクションJapan and the 15 Years'War 1931-1945 を出品しています。今日ご紹介したカバーもそのうちの1点ですが、明日以降も、今回の作品の中からいくつかのマテリアルを選んでご紹介して行きたいと思います。
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