内藤陽介 Yosuke NAITO
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 日韓国交正常化50年
2015-06-22 Mon 12:09
 1965年6月22日の日韓基本条約調印から、きょう(22日)でちょうど50年です。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       日韓国交正常化50年(単片・女性)

 これは、きょう(22日)、発行された「日韓国交正常化50年」の記念切手のうち、ムクゲと桜を背景に、和服の女性と韓服の女性を描いた1枚です。日韓国交正常化の周年記念切手は、1985年の20周年に際して、日本側がムクゲを描く切手を、韓国側が富士山と大韓航空機を描く切手をそれぞれ発行し、1995年の30周年に際しては、日本側が芹沢銈介画「李朝の函文帯地」を描く切手を、韓国側が広隆寺の弥勒菩薩を描く切手をそれぞれ発行していますが、今回は、現時点では、日本側のみが記念切手を発行し、韓国では記念切手の発行計画はありません。

  第2次大戦以前の日本による朝鮮統治に対して、朝鮮の独立運動家たちは大韓民国臨時政府を組織し、1941年12月、いわゆる太平洋戦争の勃発に合わせて日本に対して宣戦布告を行いましたが、そもそも臨時政府の正統性が国際社会から認知されていなかったこともあって、この宣戦布告には国際法上の効力はないものとするのが一般的な見解です。

 1945年の日本の敗戦により、朝鮮半島は北緯38度線を境界線として米ソに分割占領されました。その後、国連の監視下で独立政府樹立のための総選挙が行われることになりましたが、ソ連は自らの占領地域への国連調査団の立ち入りを拒否。このため、1948年5月、南半部のみでの単独選挙がおこなわれ、同年8月、選挙が行われた地域に大韓民国(以下、韓国)が発足しました。一方、選挙が行われなかった北半部には、同年9月、ソ連の衛星国として朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)が樹立されました。

 連合諸国の対日講和条約が具体的に議論されるようになると、韓国政府は大韓民国臨時政府による対日宣戦布告を根拠として、戦勝国として講和条約に調印することを主張しましたが、国際社会からは相手にされず、1951年9月、サンフランシスコで開催された対日講和条約にも招待されませんでした。

 このため、サンフランシスコ講和条約調印後の1951年10月、あらためて日本と韓国との国交樹立に向けた予備会談が行われ、1952年2月から、国交正常化交渉(第1次会談)が始まりました。

 会談では、“戦勝国”として日本に対して賠償を要求する韓国と、植民地支配は国際法上合法として、逆に、韓国内で接収された旧日本資産の補償を主張する日本との間で議論が平行線をたどります。また、韓国側が、交渉途中の1952年1月、「大韓民国隣接海洋の主権に対する大統領の宣言」を発し、竹島の不法占拠を開始したこともあり、同年4月には早くも会談は無期延期となりました。

 1953年4月、ようやく第2次会談が再開されましたが、今度は同年6月、韓国側が朝鮮戦争の休戦成立に備える必要から中断。さらに、同年10月の第3次会談では、日本側代表の久保田貫一郎(外務省参与)が「日本としても朝鮮の鉄道や港を造ったり、農地を造成したりした」、「当時、日本が朝鮮に行かなかったら中国かロシアが入っていたかもしれない」などと発言したことに韓国側が激昂。会談は決裂し、国交正常化交渉は1958年4月まで中断されました。

 1961年5月、軍事クーデターで政権を掌握した朴正熙は、経済開発のための外資導入には日本との関係改善が不可欠との立場から、同年11月、訪米の途上でみずから日本に立ち寄り、日本の首相・池田勇人と会談。以後、中央情報部長の金鐘泌を日本に派遣して秘密交渉を開始し、最大の懸案であった賠償問題については、韓国側の“請求権”に応じ、日本側が無償経済協力3億ドル、政府借款2億ドル等を支払うことで、1962年2月、大筋の合意に到達しました。

 賠償ではなく請求権という語が用いられたのは、戦争による被害の賠償ではなく(そもそも、日本と韓国は戦争をしたことがないというのが国際社会の一般的な理解です)、植民地時代に累積した債権を韓国側が請求するということで政治決着がはかられたためです。なお、条約上は、いわゆる従軍慰安婦を含め民間人への補償もこの中に全て含まれています。

 ちなみに、当時の韓国の国家予算は約3.5億ドルですから、“請求権”によって得られた資金が、韓国にとっていかに巨額のものであったか、お分かりいただけると思います。こうした日本からの資金と、ヴェトナム戦争に派兵したことによって得られたアメリカからの経済援助をもとに、韓国政府は道路やダム・工場の建設などインフラや企業に集中的な投資を行い、“漢江の奇跡”と呼ばれた高度経済成長を実現しました。現在、韓国が全世界的に見れば先進国の一角に挙げられるようになったその原資は、もとをただせば、そのかなりの部分が日本からの資金によるものだったわけです。

 したがって、日韓基本条約に伴って日本から得た資金を、当時の韓国政府が個人補償に使わなかったことは、大局的に見れば正しい判断だったといえましょうし、その是非については、わが国がとやかく言うべき筋合いのものではありません。

  さて、今年は1965年の日韓国交正常化から50周年ということで、7月17-19日に東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催される<全日本切手展2015>でも、外務省認定の日韓国交正常化50周年記念事業として、駐日韓国大使館・韓国文化院のご後援の下、(公財)日韓文化交流基金のご支援を受けて、“韓国切手展”を併催する予定で準備を進めております。会期も間近に迫ってまいりましたので、今後、このブログでも、同展の事前プロモーションを兼ねた記事をいろいろ掲載していくことになると思いますが、よろしくお付き合いください。


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