内藤陽介 Yosuke NAITO
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 国王フェルディナンド150年
2015-08-24 Mon 23:09
 ルーマニア国王フェルディナンドが1865年8月24日に生まれてから、きょうでちょうど150年です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      トランシルヴァニア統合10周年(フェルディナンド)

 これは、ルーマニアとトランシルヴァニアの統合10周年を記念して1929年5月10日に発行された切手のうち、統一ルーマニア国王としてのフェルディナンドの肖像を掲げる人々が描かれています。なお、フェルディナンドについては、“フェルディナンド1世”という表記が時折見られますが、1881-1947年に存在していたルーマニア王国の国王でフェルディナンドという名前の人物は1人だけですので、“1世”は不要かと思います。

 フェルディナンドは、ホーエンツォレルン侯レオポルトと、ポルトガル女王マリア2世の長女アントニアの次男としてジクマリンゲンで生まれました。叔父のルーマニア国王カロル1世には嗣子がなかったことに加え、フェルディナンドの父レオポルトと兄ヴィルヘルムもルーマニア王位継承を辞退したため、第一次大戦中の1914年10月10日にカロル1世が亡くなると、フェルディナンドがる0マニア王位を継承することになりました。

 ところで、当時のルーマニア王室はホーエンツォレルン家(ドイツ皇室)の血統であったため、先代のカロル1世はドイツ側に立っての参戦を企図していましたが、フェルディナンドは「私は善良なルーマニア人として統治する」と宣言。戦局は英仏側に有利と見極めたうえで1916年8月、ドイツに対して宣戦を布告し、カルパティア山脈を越え、オーストリア=ハンガリーの支配下にあったトランシルヴァニアのいくつかの都市を解放しました。

 しかし、ドイツは身内であるとばかり思い込んでいたルーマニア王室の裏切りに激昂。ただちに反撃し、トランシルヴァニアのルーマニア軍は撃破されます。同盟国側の反撃はとどまるところを知らず、ドイツ軍やブルガリア軍がルーマニア領内に侵攻し、首都ブカレストを含む国土の半分はドイツ軍に蹂躙され、政府と国王はヤシに避難しました。この結果、ルーマニア政府は、1918年4月、ドブロジャのブルガリアへの割譲や東カルパティア山脈でのオーストリア=ハンガリーとの国境線の東側への移動(ルーマニア領土の縮小)、軍隊の縮小などを定めた屈辱的なブカレスト条約を調印しました。

 このとき、夫である国王フェルディナンドを叱咤し、国難を救ったのが、熱烈な愛国者として自らも負傷兵の看護を行っていた王妃マリアです。

 彼女の説得もあって、国王は政府の調印したブカレスト条約を批准せず、ルーマニア軍を再動員して英仏側に立って再度参戦。この結果、1918年11月、第一次大戦が終結すると、ルーマニアは戦勝国としての立場を確保します。

 これに先立ち、1918年10月、トランシルヴァニアのルーマニア人たちはアラド(現在のルーマニア=ハンガリー国境に近い都市)を本拠地としてルーマニア民族評議会を結成。12月1日、アルバ・ユリアでトランシルヴァニアのルーマニアとの統一に関する決議を採択しました。

 そして、大戦の戦後処理を決めるヴェルサイユ会議には、“戦士女王”として戦勝国に置いて絶大な人気を誇っていた王妃マリアがルーマニアの顔として参加し、大ルーマニア(紀元前のダキア公国の領域で、現在のルーマニア領に南ドブロジャ、北ブコヴィナ、それに現在のモルドヴァ共和国の領域をあわせた地域にほぼ相当)復活のために尽力。その結果、領土問題に関するルーマニアの主張はほぼ認められ、トランシルヴァニアのルーマニアへの帰属も正式に承認されました。

 大ルーマニアの再現という民族の悲願を達したルーマニアは、そのことを内外に宣言するためのセレモニーとして、1922年10月15日、大戦により行われないままになっていた国王夫妻の戴冠式を行います。なお、戴冠式の場所は、首都のブカレストではなく、1599年にワラキア公のミハイ勇敢公がトランシルヴァニア総督就任の儀式を行い、統一ルーマニアを象徴する土地となっていたアルバ・ユリアで、1921年に新築されたばかりのルーマニア正教会聖堂が儀式の会場となりました。

 なお、このあたりの事情のついては、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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