内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ハンガリーからオーストリアへの難民
2015-09-06 Sun 10:22
 中東や北アフリカから多数の移民や難民がハンガリーに流入している問題で、オーストリアのファイマン首相は、きのう(5日)、ドイツとオーストリアがハンガリーに流入した難民らを受け入れると発表。これを受けて、5日夕までにハンガリーからオーストリアに6500人が入国し、オーストリアから特別列車でミュンヘンに到着した難民は1000人に達したそうです。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      オーストリア・ハンガリー難民

 これは、1956年、いわゆるハンガリー動乱(1956年革命)で発生した難民救済のため、オーストリアが発行した寄附金つき切手です。

 第二次大戦後、ソ連に占領されたハンガリーは、1949年にソ連の衛星国として共産化され、スターリンの意向に忠実なラーコシ・マーチャーシュが首相兼ハンガリー勤労者党(共産党)書記長として、スターリン路線を推進することになりました。

 1953年にスターリンが亡くなると、後継のフルシチョフはスターリン批判を行い、スターリン時代の政策を修正し始めます。ハンガリーでも、ソ連の意向を受けてスターリン路線に批判的な改革派のナジ・イムレが首相となり、経済改革を進めようとしましたが、書記長の座に留まったラーコシは1955年にナジを追放します。そのラーコシも1956年7月にソ連の圧力で権力の座を追われますが、後継書記長となったのは、ラーコシ以上に強硬なスターリン主義者のゲレー・エルネーでした。

 心ならずもソ連の衛星国にさせられたハンガリーの人々は、ナジの失脚とスターリン主義者の復活に反発。首都ブダペストでは、1956年10月23日、市民の大規模デモが発生し、反ソ感情が高まるなか、ゲレー退陣を求めるデモ隊と警官隊との衝突を機に、大規模な暴動が発生し、ハンガリー全土に波及します。これが、いわゆるハンガリー動乱です。

 動乱当初、ソ連は懐柔策としてナジの復権とゲレーの辞任を決め、ナジによる平和的な事態の収拾を期待していました。しかし、脱ソ連化を求める市民の声に押されたナジが複数政党制の導入と(=共産党一党独裁の否定)ハンガリーの中立国化(=ワルシャワ条約機構からの脱退)を打ち出すと、ソ連は軍事介入してハンガリーの“革命”を武力で鎮圧。ナジも逮捕されました。

 動乱の終結後、ソ連の支援により成立したカーダール・ヤーノシュ政権は、ナジを含む政府・議会の指導層の約1200名を処刑。戦闘によって亡くなったハンガリー国民は1万7000人にも上り、20万人が難民となって亡命しました。今回ご紹介の切手は、こうした経緯で、隣国ハンガリーから大量の難民が押し寄せてきた状況に対応してオーストリアが発行したものです。
 
 日本国内でも、西尾末廣や芦田均らが、オーストリアの難民キャンプを訪問し、救援物資や義捐金を届ける活動を行いましたが、ソ連と社会主義を信奉する進歩的知識人の多くは、そうした活動には極めて冷淡な態度を取っていました。たとえば、野上弥栄子が「事件が起こるまで“ハンガリー”がどこにあるかすら知らなかった者がにわかに地球儀を買いに走り、またにわかに募金活動をはじめだす光景に複雑な思いがする」と発言しているほか(外交官としてトルコ駐在の経験があり、ローザンヌ条約を題材とした論文で博士号を取得した芦田が、ハンガリーの位置を知らなかったということはありえないわけですが…)、ハンガリーを“百姓国(大内兵衛)”、“社会主義の進歩性にそぐわない遅れた国(山川均)”などとして、ソ連の軍事介入を正当化する者も少なくありませんでした。まぁ、このあたりは、現在でも、いわゆる平和運動をしている人々の大半が、中国や北朝鮮の軍事的脅威について、ほとんど批判することがないのと同じ構造ですな。

 さて、ハンガリー動乱によって生じた20万人の難民は、当時のオーストリア、ドイツにとって深刻な問題となり、今回ご紹介の切手が発行されるまでになったわけですが、現在の欧州の難民問題では、ドイツ政府は今年の保護申請者数が最大80万人になると予測しています。さらに、一部では、最終的に難民としてドイツで保護申請を行う人は100万人に膨れ上がるとも見られています。その数は、ハンガリー動乱時の難民の実に4-5倍。そう考えると、あらためて、事態の深刻さに慄然とするばかりです。
 
 
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