内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:十五で姐やは嫁に行き
2015-10-08 Thu 14:01
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』10月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」では、今回は、この切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      日本の歌・赤とんぼ

 これは、1980年9月18日に発行された日本の歌シリーズ第7集のうち「赤とんぼ」の切手です。

 童謡の「赤とんぼ」は、1921年、童謡集『樫の実』に発表された三木露風の詩に、1927年、山田耕筰が曲をつけてできあがりました。

 詩を書いた露風(本名・操)は、1895年、7歳の時に母親の“かた”と離れて、祖父の制に育てられました。

 制は漢学に通じ、幕末には播磨国の龍野藩奉行を、維新後は龍野町長、九十四銀行頭取を歴任した人物で、一言でいえば、堅物の老人でしたが、その息子は父親とは正反対の放蕩息子でした。

 そこで、制はしっかりした女性と結婚させれば、息子も立ち直るのではないかと考え、鳥取藩の家老の家に生まれ、播磨円覚寺の住職夫妻から漢学と行儀作法を教わっていた才女、和田かたに頼み込んで、制次郎に嫁いできてもらいました。しかし、肝心の節次郎の遊び癖は結婚後も全くおさまらず、見かねた制は、節次郎の不貞を理由に“かた”に離婚を勧めます。そして、彼女は乳飲み子の勉(露風の弟)を連れて実家の鳥取に帰り、露風は三木家に残されました。

 幼くして母親と生き別れになったという体験は、その後の露風の人格形成にも大きな影響を与え、“母恋”は露風の文学にとって大きなテーマとなっています。

 日本の歌シリーズで「赤とんぼ」の原画を担当した洋画家の根岸敬も、そうしたことをふまえて、“かた”を思わせる女性を描いたのだでしょう。ちなみに、“かた”が三木家に嫁いだのは19のときで、離縁したのは26ですから、切手の女性(少なくとも15には見えませんな)の年恰好とも合致しています。

 ところが、露風本人が語ったところによると、「赤とんぼ」の詩は、北海道上磯町(現・北斗市)のトラピスト修道院(露風は1916-24年、ここで文学講師をしていた)で、窓の外の竿の先にとまっている赤とんぼを見て、幼い自分を背負ってくれた子守の“姐や”を思い出しながら、書いたのだそうです。

 歌詞をたどってみると、姐やは、“かた”に頼まれて露風を背負い、三木家の裏山の畑で桑の実を小籠に積んでくれたがものの、15で結婚して三木家を去り、その後は、連絡もなくなったということになります。

 このように、「赤とんぼ」の歌詞では、姐やが重要な役割をはたしているわけですが、驚くべきことに、1947年に「赤とんぼ」が初めて学校の音楽の教科書に載せられた際、“姐や”が登場する三番の歌詞(十五で姐やは嫁に行き お里の便りも絶え果てた)は省略されていました。

 1896年に施行された民法(家族法)では、第765条で「男ハ満十七年、女ハ満十五年ニ至ラザレバ婚姻ヲナスコトハ得ズ」とあります。“かた”が三木家を去ったのは、1895年ですから、その後しばらく、母親代わりに露風の面倒を見ていた姉やは、翌年施行の民法で結婚可能な最低年齢の15歳になるのを待って、すぐに結婚したのでしょう。

 ところが、戦後の民法改正により、結婚可能な年齢は、男性が18歳、女性が16歳に引き上げられましたので、現在は“十五で嫁に行く”ことは非合法です。

 このため、文部省は、教材中に“違法行為”があると検定を合格させられないとして、かつての教科書では三番がカットされていたのですが、これでは、原作の詩情は台無しです。ちなみに、教員向けの指導書では、「赤とんぼ」の歌詞について「いなかによく見かけられる平凡な情景を歌ったものであるが、短い詩の中に、幼時へのなつかしい回想の情がよく表わされている」との何とも無味乾燥な解説が掲載されていました。

 言葉を発することのない赤とんぼと違って、我々人間は「物言えば、唇寒し 秋の風」ということなのかもしれませんな。

* きのう、アクセスカウンターが157万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。 

 ★★★ トークイベント「切手に見る美女たち」のご案内 ★★★ 

 10月8日(木) 18:30-20:30 東京・飯田橋の東京ボランティアセンター(JR飯田橋駅横・ラムラ・セントラルプラザ10階)で、日本ガルテン協会主催のリレー講座に内藤が登場。『日の本切手 美女かるた』の著者として「切手に見る美女たち」と題するトークを行います。

 参加費は、ガルテン協会会員の方2000円(一般3000円)で、お茶とお菓子がつきます。詳細はこちらをご覧いただくか、NPO日本ガルテン協会(講座担当宛・電話 03‐3377-1477)までお問い合わせください。皆様のご参加をお待ちしております。  

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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