内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 朝鮮労働党創建の日について
2015-10-10 Sat 23:35
 北朝鮮では、きょう(10日)、“朝鮮労働党創建70周年”記念の軍事パレードが行われました。北朝鮮の軍事パレードは、朝鮮戦争休戦60周年の際に行われた2013年7月以来のことです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      朝鮮労働党創建20周年

 これは、いまから50年前の1965年10月10日に北朝鮮で発行された“朝鮮労働党創建20周年の記念切手です。

 1945年8月、北朝鮮を“解放”したソ連軍は、占領行政の円滑な実施のため、自らの意に添う共産党組織の設立を当初から目論んでいました。しかしながら、ソ連軍が平壌に進駐した直後の1945年9月11日には、すでにソウルに中央委員会を置く朝鮮共産党(最高指導者・朴憲永)が再建されていたため、ソ連軍はコミンテルンの一国一党原則に矛盾しないかたちで北朝鮮に共産党組織をつくるという難問に直面します。

 そこで、この問題を解決するため、1945年10月10日から13日にかけて、平壌で「西北五道党責任者および熱誠者大会」が開催され、金鎔範を責任秘書とする朝鮮共産党北部朝鮮分局が設置されました。同分局は、形式的にはソウルの党中央に従属する地方機関とされていましたが、その実態は明らかに北朝鮮独自の共産党でした。なお、「金日成将軍歓迎平壌市民大会」において、金日成が北朝鮮市民の前にはじめて公式に姿を現すのは、この直後の1945年10月14日のことです。

 1946年2月、事実上の北朝鮮政府となる北朝鮮臨時人民委員会が発足すると、北朝鮮地域における共産党組織も再編されます。このため、1946年8月、前衛党(共産党)とその友党との合同による「大衆的政党」の建設というスターリンの方針に沿って、朝鮮新民党(中国・延安にあった朝鮮独立同盟のメンバーが組織していました)と朝鮮共産党北部朝鮮分局とが合同し、北朝鮮労働党が組織されました。なお、北朝鮮労働党の初代委員長は、旧新民党の金枓奉で、金日成は1949年6月までは副委員長でした。

 北朝鮮労働党は、1946年8月30日に開催された創立大会において、南朝鮮における朝鮮共産党・新民党・人民党の三党合同の促進を呼びかける決定を採択。これを受けて米軍政下の南朝鮮では、「大衆的政党」の組織が急速に進み、同年11月、朝鮮共産党・新民党・人民党は合同して許憲を委員長とする南朝鮮労働党が結成されます。その過程において、朴憲永らは九月ゼネストや十月人民抗争などを展開しましたが、こうした戦術の是非をめぐり、南朝鮮の左翼陣営は分裂。また、米軍政当局の弾圧もあり、南朝鮮の左翼運動は大きな打撃を受けました。そして、1948年4月から行われた済州島蜂起の失敗により、南朝鮮(韓国)内における反政府闘争は壊滅することになり、以後、韓国領内では北朝鮮から派遣されたゲリラ闘争のみが細々と行われるだけになります。

 こうした状況の下、朴憲永らは次第に北朝鮮に移るようになり、朝鮮民主主義人民共和国成立後の1949年6月には、南北の党が合体(形式的には対等な合同ですが、実質的には北の党による南の党の吸収合併)して、金日成を委員長とする朝鮮労働党が結成されました。

 したがって、本来、朝鮮労働党創建70年は2019年のはずなのですが、朝鮮戦争後の北朝鮮は朴憲永を“米帝のスパイ”として南朝鮮労働党の存在をなかったことにしており、1945年の朝鮮共産党北部朝鮮分局の設置をもっていきなり朝鮮労働党が発足したかのように主張していますので、今回ご紹介の切手のように、そこから起算して20周年は1965年、ことしが“70周年”ということになるわけです。

 まぁ、北朝鮮側がプロパガンダとしてどのように主張しようと勝手ですが、日本のメディアなどがそれを鵜呑みにして「北朝鮮は10日、朝鮮労働党創建70周年を迎え…云々」と報じてしまうのはどうなのかなぁ、と僕などは思ってしまいます。

 なお、このあたりの事情につきましては、拙著『朝鮮戦争』でもいろいろとご説明しておりますので、機会がありましたら、ご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 講座「アウシュヴィッツの手紙」(10月16日)のご案内 ★★★ 

     ポーランド・アウシュヴィッツ解放30年   アウシュヴィッツの労務風景

 10月16日(金) 19:00~20:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「アウシュヴィッツの手紙」と題する講座を行います。

 第二次大戦中、ポーランド南部のアウシュヴィッツ(ポーランド語名・オシフィエンチム)は、ナチス・ドイツの強制収容所が置かれ、ユダヤ人を中心に150万人以上が犠牲となった悲劇の地として知られています。今回の講座では、収容者の手紙を中心に、第二次大戦以前の状況を物語る郵便物・絵葉書、アウシュヴィッツを題材とした戦後の切手などもご紹介しつつ、さまざまな角度からアウシュヴィッツを考えてみたいと思います。

 申込方法など詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、ポーランドが発行したアウシュヴィッツ解放30周年の記念切手、右側は収容者による労務風景を取り上げた戦後作成の絵葉書です) 皆様のご参加をお待ちしております。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』  好評発売中! ★★★ 

        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト

別窓 | 北朝鮮:金日成時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< アンカラ中央駅で連続爆発事件 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  戦争は女の顔をしていない>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/