内藤陽介 Yosuke NAITO
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 トルドー2世、カナダ新首相に
2015-10-21 Wed 10:06
 カナダ下院の解散に伴う総選挙の投開票が19日(現地時間)に行われ、中道左派で野党第2党の自由党が躍進して過半数の議席を制しました。これにより、現職のスティーヴン・ハーパー首相は退陣し、自由党のジャスティン・トルドー党首が首相に就任することになりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      カナダ・トルドー首相

 これは、2001年にカナダで発行されたピエール・エリオット・トルドー元首相の追悼切手です。カナダの新首相となるジャスティン・トルドーは、ピエールの長男として、1971年に生まれました。

 さて、切手に取り上げられたピエールは、1919年、ケベック州モントリオール生まれのフランス系で、モントリオール大学を卒業して弁護士資格を取得。その後、ハーバード大学大学院、パリ政治学院、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで政治学、経済学を学びました。

 若い頃のトルドーはかなりの“やんちゃ”で、1949年にはアスベスト鉱山ストライキに労働者側弁護士として関わって逮捕されたほか、共産主義経済会議出席のためモスクワを訪問中、スターリン像に雪を投げて逮捕されたこともあります。また、1960年にはカヌーでフロリダから革命後のキューバに入国しようとしたり(途中で断念しましたが)、1961年にはカナダと国交がなかった時代の中華人民共和国を訪問したりするなど、いろいろと世間を騒がせています。

 1961年、モントリオール大学准教授となりますが、大人しく教育・研究生活をしていられるはずもなく、1965年の総選挙で自由党から出馬して初当選。1965年に自由党に入党し、1967年、レスター・ピアソン政権内閣の法務大臣として初入閣しました。ちなみに、ピアソンは、1956年の第2次中東戦争(スエズ動乱)に際して国連緊急軍(現・平和維持軍)の創設を提唱し、紛争の解決にあたったことを評価され、1957年にノーベル平和賞を受賞しています。

 さて、1968年にピアソンが引退すると、トルドーは若手ながら党首選に出馬。党内右派の強い反発を抑えて当選し、同年、首相に就任します。

 1970年、中華人民共和国との国交を樹立したほか、ケベック解放戦線がケベック独立を要求しイギリス貿易省のクロス長官を誘拐し、ケベック州労働大臣ピエール・ラポルテを殺害する“十月危機”が発生すると、トルドー政権は戒厳令を発し、強硬手段で事件を解決しました。翌1971年には“多文化主義宣言”を行い、公用語を英仏2ヶ国語にするなど、現在の多文化国家カナダの原型を作り上げました。さらに、1982年、カナダ総督を事実上の国家元首として英国王は象徴的な存在と規定する新憲法を制定。カナダの完全独立を達成したことは、彼の最大の功績とされています。

 その反面、石油国有化などの社会主義的な経済政策もあって、1981年には失業率が8%と戦後最大の水準になったほか、政権発足時の1968年には180億ドル(GDPの24%)だった財政赤字が政権末期の1984年には2000億ドル(GDPの44%)にも膨れ上がるなどの負の面も大きく、1984年6月、トルドー政権は退陣に追い込まれ、ピエールは政界を引退しました。

 また、私生活では、1971年、シンクレア水産大臣の娘マーガレットと電撃結婚し、同年12月には長男ジャスティンが生まれたものの、女優バーブラ・ストライザンドやオンタリオ州首相ボブ・レイの姉妹ジェニファー、リオナ・ボイド(ギタリスト)、マーゴット・キッダー(女優)、キム・キャトラル(女優)とも交際するなど女性関係が派手で、1977年以降、マーガレットとは事実上の離婚状態(正式に離婚が成立したのは1984年)となっています。

 さて、ピエールは2000年に波乱の生涯を閉じましたが、その国葬の際、28歳になっていたジャスティンはカナダ国民に感銘を与える歴史的な演説を行い、ピエールの後継者としてにわかに注目されるようになります。そして、2008年の総選挙で初当選を果たして政界入り。偉大なる父親の威光を背負った若手のエリート議員として人気を集め、2013年には自由党の党首に就任。今回の総選挙で勝利を収めて、首相の座をものにしたというわけです。

 新首相となるジャスティンは、若手議員からいきなり首相となったという点では父親のピエールと同じですが、さてさて、父親同様、将来的には切手に取り上げられるようになるかどうか。まずはお手並み拝見というところですかね。


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