内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:愛染
2015-11-16 Mon 11:42
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』11月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」では、今回は、紅葉の時期なので、この切手を取り上げました。(画像はクリックで拡大されます)

      愛染

 これは、1974年10月1日に発行された「第61回列国議会同盟会議」の記念切手で、川端龍子の『愛染』が取り上げられています。

 『愛染』は、鮮やかな紅葉の浮かぶ水辺をつがいの鴛鴦が泳ぐ風景を描いたもので、1934年の青龍展に出品された作品です。

 所蔵元の足立美術館のウェブサイトによると、作品は「つがいの鴛鴦が見つめあう一瞬をとらえ、細やかな夫婦の愛情を表現している」とのことで、他の解説書などでも、たいてい、似たようなことが書いてあります。

 ところで、“愛染”という言葉を聞くと、メロドラマの元祖ともいわれる『愛染かつら』を連想する人も多いのではないでしょうか。

 『愛染かつら』は、もともとは第1回直木賞作家の川口松太郎の小説で、これを原作に、上原謙と田中絹代の主演で松竹が映画化して記録的な大ヒットとなりました。病院長の息子と子持ちの看護師の恋愛物語で、幾多の困難を乗り越え、最後は二人が結ばれるハッピーエンドで、作品の題名は、愛染堂(モデルになったお堂の所在地については、長野県上田市別所温泉の北向観音、大阪勝鬘院、東京・谷中の自性院など諸説がある)に隣接するカツラの巨木に由来しています。

 ちなみに、愛染という語は、もともとは仏教用語で、愛欲染着もしくは愛欲貧染の略。人間の煩悩の中で最も強いとされる愛欲をむさぼるという意味で、そうした煩悩を断ち切ってくれるのが愛染菩薩、その霊力にあやかろうと、各地に建てられたのが愛染堂です。

 さて、小説『愛染かつら』が雑誌『婦人倶楽部』に連載されていたのは1937-38年でしたから、1934年の龍子の作品がその影響を受けるということはありえません。そこで、ここは、龍子のバックグラウンドと仏教用語の本来の意味をつなぎあわせて考えてみるのが良いと思います。

 龍子の父、信吉は和歌山市本町の老舗呉服商、俵屋の若旦那でしたが、商売に失敗し、1895年に妻のせい(勢以)と龍子を連れて上京。弟・岡本武次の経営する日本橋病院に勤めることになりました。

 ところが、この病院で、信吉は看護婦のゆきと親しくなり、龍子の異母弟となる茅舎(俳人)が生まれます。このスキャンダルで、信吉は病院を退職せざるを得なくなり、日本橋蠣殻町で煙草屋を始めました。そんな中でも、信吉は寿山堂という雅号で悠々と俳句や日本画を嗜んでいたが、 落剝して生活苦にあえぐ龍子と“せい”にとってはたまったものではありません。

 龍子は、生涯、信吉とゆきを許さず、信吉については「この世の不幸の限りを尽くしたような母の一生を思うとき、 父の行為を許容する海のような度量など私には到底ない。父の没後においてさえ、父を許すことのできない 気持を持ち続けている」と語っていました。

 そんな信吉が亡くなったのが1933年。つまり、『愛染』が発表される前年のことです。

 さらに、死んでも信吉を許さなかった龍子は、1941年に茅舎が亡くなると、弟が保存していた信吉とゆきの写真をすべて焼却し、二人が地上にいた痕跡を消し去ろうとしました。

 そこまで龍子の憎悪を駆り立てたことの発端が、信吉の愛染が招いた生活の破綻であったことを思い返すなら、信吉の死後まもない時期に発表された『愛染』という題名の作品にも、その怨念が込められていたと見るのが自然なようにも思われます。

 ちなみに、六道輪廻図の中心の円に描かれている三毒を象徴する動物のうち、貪をあらわすものは鳥です。愛欲染着もまた、広い意味での貪のひとつには違いありませんから、地獄の業火を思わせる紅蓮の紅葉の間をさまよう雌雄の鴛鴦は、(龍子の目から見れば)愛欲を貪って畜生道に落ちた信吉とゆきのイメージを表現した“美しすぎる地獄絵図”ではなかったのかと、僕自身は勝手に推測しております。


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