内藤陽介 Yosuke NAITO
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 日韓基本条約発効50年
2015-12-18 Fri 12:02
 1965年12月18日に日韓基本条約(同年6月22日調印)が発効し、両国の国交が正式に樹立されてから、きょうでちょうど50年です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      京城残置貯金問い合わせ(通信事務)  京城残置貯金問い合わせ(手紙)  京城残置貯金問い合わせ(回答)

 これは、1945年12月4日に京城(現ソウル)から岐阜県に引揚げてきた山本重雄(以下、敬称略)が、京城時代の貯金通帳の再交付(再発行)に関して、1946年12月10日付で逓信省貯金保険局に訴え出た手紙(の一部・画像中)と、それに対する貯金保険局側から回答文(画像右)、そられを送ってきた通信事務の封筒(画像左)です。

 まずは、山本の手紙を書き起こしてみます。

 御願
 私は昨年十二月四日朝鮮京城を引揚げ帰還せる者(に)有ります処、出発当日在鮮中多年親交ありたる当時京城府中区若草町に居住せる竹内義市を申(す)者が見送りに来り曰く郵便貯金通帳は途中掠奪され又は紛失せし者往々ある由に付自分は妻と共に許さるれば永住の覚悟に付預り置(き)情勢が緩和し郵便為替又は旅行等も出来得る様になれば送付すると申出たるを以て左記郵便貯金通帳(外に家族名の京城南大門金融組合の預金通帳等)を同人に託し置(き)出発したるに其の後一月以降数回に亘り同人へ通信せしも何れも転居先不明とて局より返戻あり(。)一方京城の槇様を聞くに京城在住者は二月中に概ね引揚たりとのことなりしも本人より何等の通信来らす(ず)不審に思ひ爾来八方手を尽し居所を探しことありしに最近福島に居住せること漸く判明せしを以て同地に態し出張し尋ねたるに果して在住し居り本件を面会したるに殊に申訳なきことなれと(ど)も引揚直前に鮮人に掠奪されたとのことに驚き入りたる次第に御座い(ます。)而して小生引揚後同人が京城金町一丁目郵便局に出頭したるに本人は昨年十二月四日旅費XXXXX宛四人分即ち金四千圓也を支払ひあり(。)本人は即日内地に引揚Xに付当局にては支払不能とのことに更にXXXX得さりしと申候
 以上の次第に付左記貯金通帳をX御手数ながら

 手紙の内容を要約すると、

 ①山本は、引揚げに際して、現地在住の知人である竹内義市から「引揚者は途中で貯金通帳を略奪されることが往々にしてあるし、自分は京城に永住するつもりなので、情勢が落ち着くまでは通帳を預かっても良いが…」と持ちかけられて通帳を渡したところ、その後は梨の礫となってしまった
 
 ②不審に思って調べたところ、竹内は福島に引揚げていることが判明。

 ③そこで、竹内を問い質したところ、竹内は引揚げ直前に貯金は朝鮮人によって略奪されたと主張。

 ④山本の照会に対して、京城金町一丁目の郵便局では、同人(を名乗る人物)に正規の手続きをもって払い出しを行ったので、再度の支払いはできないと返答した。

 現在となっては手紙の内容の真偽を確認するのはほぼ不可能でしょうが、終戦前後の混乱の中で、現地の朝鮮人の一部が朝鮮から引き揚げる日本人の資産を略奪していたということは事実であり、そうした状況が広く知られていたこと、さらにはそれを悪用して同胞の資産をだまし取る日本人もいたことを伺わせるエピソードといえましょう。

 いずれにせよ、生活に困窮した山本は逓信省貯金保険局に対して、貯金通帳の再交付を求めるわけですが、それに対する貯金保険局の回答は以下のようなものでした。

 今回朝鮮記號郵便貯金通帳の紛失及び京城口座振替貯金の取扱について御申出になりましたが、目下のところ朝鮮官廳との連絡が不可能なため、取調べることも又通帳を再發行することも又振替貯金口座の殘額を振出したり、口座を内地へ移轉することも出來ないばかりでなく、將來の取扱方の見透しもつき兼ねますから、ご事情は甚だ御氣の毒ですが右悪しからず御諒承の上、右通帳に預入した貯金及び振替貯金の現在高は在外財産として、最寄りの日本銀行支店又は同代理店を通じて報告して下さい。

 要するに、日本政府としては、終戦後、朝鮮に残された日本の在外資産については、一応、申告を受け付けて記録には残すものの、現実にはどうしようもないという返事でした。おそらく、似たような事例は数多くあったものと思われます。

 いずれにせよ、こうした状況の下では、朝鮮に残してきた自分の資産を返してくれというのが(引揚げてきた)日本人としては自然な感情であって、“植民地支配を反省”して、朝鮮(人)に対して“謝罪と賠償”を申し出るという発想は出てこないのが自然だろうと思います。このことは、日韓国交正常化交渉が10年以上にもわたって大揉めに揉めた一つの要因でもあったわけで、じっさい、1953年10月の交渉では、日本側代表の久保田貫一郎(外務省参与)が「日本としても朝鮮の鉄道や港を造ったり、農地を造成したりした」と発言して、韓国側が激昂する一幕もありました。ちなみに、日本が朝鮮半島から撤退する際に現地に残した資産は、当時のレートで、53億ドル相当と見積もられています。

 最終的に、1965年12月18日付で発行した日韓基本条約では、その付随協約である「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」において、日本は韓国に対し、朝鮮に投資した資本及び日本人の個別財産の全てを放棄することとされ、山本の貯金が彼の元に戻ってくる可能性は完全に消滅することになりました。なお、同協定では、約11億ドルの無償資金と借款を援助することも規定されており、これが、“漢江の奇跡”と呼ばれるその後の韓国の経済成長の原資(の一部)となったことは広く知られています。

 なお、このあたりの事情については、拙著『朝鮮戦争』でもご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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