内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:栃の木と老猿
2016-01-03 Sun 10:02
 公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2016年1月号ができあがりました。今回は新年号ですから、僕の連載「切手歳時記」も、干支にちなんで、猿切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      老猿

 これは、1983年3月10日に発行された近代美術シリーズ第16集のうち、「老猿」の切手です。

 1892年の春、彫刻家の高村光雲は、農商務省から、翌年のシカゴ万国博覧会への出品の依頼を引き受けます。

 光雲は、以前、高級木材である栃を用いてオウムの彫刻を作り、それが宮内省お買い上げとなった経験がありました。そこで、シカゴ博覧会の出品も栃で白猿を作ろうと思いつき、さっそく、神田南乗物町(現在の千代田区鍛治町1)の材木屋を訪ねてみると、材木屋は「栃木県の山中に栃の良材があるのだが、東京までの運搬コストがかかりすぎて商売にならない」とのこと。そこで、光雲は友人で軍人の後藤貞行を伴い、まだ寒さの残る3月のある日、材木の買い出しに出かけます。

 宇都宮を経て鹿沼の村はずれまで来た一行は、栃の木がある山中の発光路まで人力車を頼もうとしたものの、車夫たちは誰もしり込みして行きたがりません。

 やむなく、険しい山道を苦心惨憺して進み、材木を売るという長谷川栄次郎なる人物とようやく接触。長谷川は、直径七尺以上の栃の巨木は崖に生えていて、一本3円だといいます。東京の相場からするとタダ同然でしたから、光雲は早速購入を決めましたが、その後、宿の者には“ぼったくり”だと笑われてしまいました。

 この地域では、かつては穀物が取れないため、栃の実で餅を作って主食にしていました。ところが、足尾銅山の開発に伴い、人々は現金収入の機会を得て穀物を買うようになったっため、栃餅はすたれ、栃の木は場所ふさぎの厄介者となっていました。だから、わざわざ東京から栃の木を買いに来るなんて、なんて物好きな…と話題になっていたのだというのです。

 さて、次なる問題は材木の運搬でした。

 長谷川の目論見では、5月までには発行路から光雲の仕事場がある浅草の花川戸岸に運べるだろうということで、光雲は運賃30円、さらに木を切り出す費用として10円、計40円の半額の20円を手付金として長谷川に渡して帰京し、そのまま到着を待ち続けます。

 ところが、約束の五月になっても材木は到着しません。

 これは、丸太のままであれば材木を転がして運べたものを、長谷川が丸太を半分に割ってしまったため、かえって運搬に人手と時間がかかったことが最大の理由でした。さらに、途中、材木の通路にあたる畑の持ち主をなだめるため、地元の学校・生徒に学用品を配って懐柔しなければならなくなったり、運搬のために小川に架かる橋を壊さなければならなくなったりして、結局、材木が花川戸に到着したのは8月後半でした。もちろん、費用の面でも当初予定の40円を大幅に上回り、200円以上にもなってしまいました。

 こうして材料は到着したのですが、すると今度は、光雲の娘、咲子が9月9日、わずか16歳で病死してしまいます。

 すっかり落胆した光雲でしたが、クライアントの農商務省からは、そんなことはお構いなしに、ともかくも年内に作品を完成させろと矢の催促です。

 そこで、とりあえず、光雲が受け取ったままになっていた材木にノミを入れてみたところ、木地は純白ではなく、茶褐色でした。これでは、当初の計画通り、白猿を作るのは不可能です。そこで、光雲は,急遽、浅草奥山の猿茶屋の猿をモデルに野育ちの老猿を彫ることにして、必死にノミをふるうことにしました。もっとも、このことは、結果として、光雲の悲しみを紛らわせることになったそうです。

 とはいえ、さすがに作品は年内の〆切には間に合わず、農商務省に納品されたのは年が明けた1893年になってからのことでした。

 こうして世に出た「老猿」は、シカゴ万博で優等賞を獲得。光雲の代表作として、後に国の重要文化財に指定され、切手にも取り上げられたというわけです。

 なお、この切手を含む近代美術シリーズの切手については、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』でもまとめて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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