内藤陽介 Yosuke NAITO
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 年賀郵便の歴史
2016-01-31 Sun 15:17
 昨年の<JAPEX>に出品された吉田敬さんのコレクション『年賀郵便の歴史』の作品集が、1月20日付で無料世界切手カタログ・スタンペディア株式会社から刊行されました。(画像は表紙のイメージです)

      年賀郵便の歴史

 同書は吉田さんの8フレームのコレクションをオールカラーで採録したもので、巻末には、フレーム単位でのイメージがわかる縮小図版と作者自身による解説が掲載されています。なお、同書の刊行にあたって、『年賀切手』ならびに『年賀状の戦後史』の著者ということで、吉田さんから僕に序文の執筆依頼がありましたので、喜んでお引き受けいたしました。

 これまで、吉田さんご本人のブログで同書のことが触れられていなかったため、“大本営発表”の前に出しゃばったことをするのも良くないと思って、僕のブログで同書のことを話題にするのは自粛していたのですが、先週末、吉田さんからOKが出ましたので、同書のご紹介方々、以下、僕の序文を(一部タイポなど修正の上)転載いたします。

 (以下、転載)
 1970年代までの古典的な“郵便史”コレクションの中には、カバー類だけではなく、法令文書や絵葉書、新聞等の非郵趣マテリアルを補助的に使用して構成し、国際切手展で上位に入賞する作品(現在の郵便史系オープンクラスの作品のイメージに近い)が少なくなかった。

 それが、1980年代以降、“郵便史”のコレクションは、原則として、実際に逓送された郵趣マテリアルを用いて、経路・料金・郵便印の3要素を軸に作品を構成すべきという発想の転換が行われ、FIP(国際郵趣連盟)の審査基準もその前提から出発するものとして設定されていった。その結果、スタンダードな郵便史に対して、郵便史を構成する3要素のうちの郵便印に特化した分野が“マルコフィリー”となり、“郵便史”部門が成立する以前から行われていた“エアロ・フィラテリー(航空郵趣)”に関しては、例外的に、通常の郵便史作品では展示すべきではないとされる未使用切手を展示したり、伝統郵趣に倣って切手の製造面の分類などを加味した展示を行ったりしても、そのことをもってただちに減点されるわけではないという扱いになっていた。

 ところが、知的営為としてのフィラテリーの蓄積が、一般的な歴史研究や地域研究においても注目されるようになると、あまりにも禁欲的に経路・料金・郵便印の3要素にこだわった“郵便史”のコレクションは、マテリアルから読み取れるはずの情報量のごく一部にしかフォーカスを当てておらず、宝の持ち腐れではないかとの批判がフィラテリストに対して向けられるようになったという。

 そこで、従来型の“郵便史”コレクションのあり方は、それはそれとして尊重しつつも、より広い社会的・歴史的文脈の中で“郵便”を位置づけ、それを郵趣マテリアルによって再構成しても良いのではないかという発想から、国際展(および一部の国内展)では、“Historical, Social and Special Studies”と呼ばれるサブクラス(規則の番号上、“2C”と呼ばれているので、本稿でも、以下、その呼称を採用する)が導入されることになった。そして、そうした広い視野からの“郵便の歴史”を再構成するためには、2Cの作品においては、必要に応じて、未使用切手や非郵趣マテリアルも、少量であれば展示に用いて差し支えないとされている。

 もっとも、サブクラスの2Cは新設されて日も浅い分野ということもあって、実際には、どのような作品がそこに該当するのか、また、歴史(的事件)を主題としたテーマティク作品やオープンクラスの作品とどのようにちがうのか、さらには、そうした作品を、テーマティクやオープンクラスではなく、あえて郵便史部門に出品する必然性はどこにあるのか、といった諸問題については、いまだ明確なヴィジョンを示して展示された作品はきわめて少ない。そしてそれゆえ、多くのフィラテリストにとって、2Cの郵便史作品については、具体的なイメージがわきづらくなっているのが実情だ。

 本書に採録されている吉田敬の『年賀郵便の歴史』は、本人が意識しているか否かは別として、そうした2Cの郵便史作品として、わが国では先駆的な試みの一つとなっているように思われる。

 実際、吉田本人は「『年賀郵便の歴史』が高い評価を受けるなら、『暑中見舞郵便の歴史』『喪中郵便の歴史』『寒中見舞郵便の歴史』のように、次々と文面に焦点を当てた郵便史作品が作れてしまい、たいていの人が違和感を感じる…」と本書124頁で述べているが、FIPのルールブックによれば、2Cの対象範囲の中には、ヴァレンタイン・カードを含むグリーティング・カードや絵入り封筒等も含まれることが明記されており、“年賀郵便”という主題の設定は、その時代的な広がりや、日本社会における歴史的・社会的な重要性に照らして、まさしく、2C向きのものといってよい。

 特に、今回の吉田の作品においては、既存の郵便史作品にはほとんど見られなかった“経営”の視点が組み込まれているのが、実にユニークで興味深い。

 “(狭義の)郵便史”ではなく“郵便歴史”を考える場合、郵便事業者の経営状態についての考察は避けて通ることのできない問題である。このことは、たとえば、1840年にペニー・ブラックが発行されるまでの英国郵便史の展開における主要な出来事が、いずれも、ロイヤル・メールの経営上の諸問題と密接に結びついていることを想起すれば、容易に想像がつく。

 これまで、年賀郵便ないしは年賀状のコレクションというと、明治初期から、1年ずつ、毎年の年賀郵便をならべるだけという単調なものが多かったが、吉田は、そうした“因習”に異議を唱えるところから出発している。

 そして、日本の郵便事業にとって年賀郵便は最大のドル箱であるとの前提から、年賀郵便にも、郵便物取扱量の拡大により売り上げを増大させることに主眼を置いていた時期と、機械印の導入や消印の省略などの効率化によるコスト削減に主眼を置いていた時期が交互に訪れたというモデルを提示する。さらに、そうした循環の過程で、戦争や天皇の諒闇、インフレやマーケットの縮小など、年賀郵便にも事業存続のリスクに遭遇する時期があったことが示されている。

 こうした諸要素を組み合わせることで、近代以降の日本の歴史的・社会的な文脈の中で年賀郵便の位置づけを試みたからこそ、吉田の作品は、従来の“年賀郵便史”の枠を大きくこえる“年賀郵便歴史”を志向するものとして、<JAPEX>の展示会場でも独自の存在感を放っていた。

 もちろん、今回の吉田の作品は、視点の設定そのものが新たな試みであるだけに、作品の構成展開、テキストの叙述、そして、展示されているマテリアルの面でも、今後のブラッシュ・アップが必要な部分も少なくない。たとえば、作品の冒頭、プロローグとして展示されている江戸時代の書状のリーフには送達された年代が記されていないのはその一例である。作品の本編ではないとはいえ、この部分は、将来的には、年代の特定できるマテリアルに差し替えるか、あるいは、調査の上、年代を特定した結果を記すなどするのが望ましいのは言うまでもない。

 しかし、これまで「単純でつまらない」とおもわれていた年賀郵便について、新たな角度からのアプローチを試みた吉田の独創性は、率直に高い評価が与えられてしかるべきである。

 最後に、この吉田作品をたたき台として、いまだ黎明期にある2Cの郵便史に多くの日本人フィラテリストが関心を持ち、分野として発展していくようになることを願いつつ、擱筆することにする。
 (文中敬称略・転載終わり) 

 なお、同書はA4版140頁で本体定価3980円。入手方法などについては、こちらをご覧ください。


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