内藤陽介 Yosuke NAITO
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 春節深夜の香港で騒乱
2016-02-09 Tue 15:24
 春節のきのう(8日)深夜、香港の繁華街、旺角で香港警察による屋台の取り締まりをきっかけに、これに反発する市民と“本土派(中国大陸から来る中国人を排除して自分たちの“本土”である香港を守ろうと訴えている民主派グループ)”が合流して数百人規模の騒乱が発生。警官隊はデモ隊への催涙ガスに加え、空に向けて2発の威嚇発砲を行いました。香港のデモで警官隊の発砲は極めて異例のことで、9日朝までにデモ参加者ら24人の身柄が拘束され、44人が負傷しました。というわけで、きょうは香港警察がらみでこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      香港・警察ラベルカバー  香港・警察ラベルカバー(裏)

 これは、1967年6月15日、九龍から米国宛の書留便で、香港の警察官を描く“国際観光年”の宣伝ラベルが貼られているのがミソです。ラベルの製作者としては、警察官のラベルによって香港の治安が良いことをアピールしようとしたのでしょうが、このカバーが差し出された時期の香港は、“六七暴動”と呼ばれる大規模な左派騒乱の最中にありましたから、何とも皮肉な組み合わせともいえそうです。

 1966年5月、共産党支配下の中国大陸でプロレタリアート文化大革命(以下、文革)が正式に発動されます。これを受けて、同年9月、文革指導部は華僑への宣伝を担当する“文化宣伝隊”を設立。香港もその工作対象とされました。

 はたして、10月に北京で開かれた国慶節祝賀会には、香港の代表が招待され、他地域の華僑の代表者とともに熱烈な歓迎を受けたほか、11月には香港左派の代表が“孫中山誕生100周年記念式典”に参加し、帰国後、紅衛兵運動を盛んに賞賛するようになります。

 現在の視点から見れば、文革の本質は権力闘争でしかなく、その主張も荒唐無稽なものですが、当時の香港には、大陸から渡ってきた左派の煽動を受け入れるだけの素地があったことも事実です。

 すなわち、1950年代以降、香港経済が目覚しい高度成長を遂げている一方で、それを支えてきた難民労働者は極端な低賃金・長時間労働を強いられているという現実がありました。そうした彼らには、既存の秩序を根本的に否定し、社会の極端な平準化を要求する文革派の主張は、一定の説得力を持って受け止められる面もあったのです。

 こうした状況の下で1967年1月4日、香港における左派系市民の後ろ盾となっていた中国共産党広東省委員会第一書記の陶鋳が失脚します。

 陶鋳は1926年に中国共産党に入党した古参の党員で、中華人共和国の成立後は広東省委第一書記、中央政治局常務委員、書記常務所書記、国務院副総理、中央宣伝部部長などを歴任。中央政治局内では、毛沢東、林彪、周恩来に次ぐ序列第4位の大物でしたが、文革が発動されると、陶鋳は失脚した陸定一に代わって中央宣伝部部長に就任。江青ら文革四人組に対しては批判的な立場をとり、文革の行き過ぎにブレーキをかけようとしていました。このため、紅衛兵によって“中国最大の保皇派”と宣告され、陳伯達、康生、江青等からの批判を受けて事実上失脚したのです。

 “広東王”とも呼ばれ、広東省から香港・マカオにいたるまで強い影響力を持っていた陶鋳が失脚したことで、香港の左派系市民は、陶鋳の目指していた穏健路線を放棄し、急進路線をとらざるを得なくなります。もちろん、極左路線の信奉者は、この事態を歓迎しました。

 かくして、1967年早々から、海運会社やタクシー会社、繊維工場やセメント工場などで労働争議が頻発。社会的な緊張が高まり、同年4月に入ると、啓徳空港の北側、新蒲崗のホンコンフラワーの工場でも文革派の煽動によってストライキが発生しました。

 ストライキに突入したホンコンフラワーの工場では、文革派の煽動もあって、労働者たちが毛沢東語録を振りかざして工場を取り囲み、工場は操業停止に追い込まれました。そこで、5月6日、商品を運び出そうとする経営側が労働側と衝突すると、警官隊が労働側を強制排除。労働側に多数の負傷者が出たほか、24名が逮捕される騒ぎとなりました。

 この事件に対して、親大陸系の左派市民は労働者を支持し、大規模な反英デモを行います。デモ隊は、これまた毛沢東語録を振りかざし、香港総督官邸の周囲には抗議の大字報(壁新聞)が貼りだされるなど、大陸の紅衛兵運動と全く同じパターンが展開され、背後にいかなる勢力があるのか、誰の目にも明らかとなりました。

 さらに、5月12日には、“香港・九龍各業種労働者迫害反対闘争委員会”が成立し、香港政庁に弾圧停止・逮捕者釈放・当局の謝罪などの四項目の要求を突きつけます。15日には英国を非難し、闘争委員会とほぼ同内容の五項目を要求する中国外交部の声明も発表されました。

 これに対して、英当局は5月22日から反撃に出て、香港政庁によるデモ隊鎮圧によって166名が逮捕され、多くの死傷者が発生。さらに、翌23日、香港政庁はデモの許可制・総督への請願の郵送制・大字報の禁止などを定めた緊急法令を発し、断固として暴動を鎮圧する姿勢を示しました。さらに、26日にはシンガポールから英海軍の空母が来航し、大規模な軍事演習も行われ、暴動に参加していた左派市民を威嚇しています。

 もっとも、共産党系労組の幹部や一部の極左教員(教員の中に極端な左翼思想に走る者が一定の割合で発生するのはどこの国でも一緒のようですな)こそ英国の香港支配を転覆しようと本気で考えていた節があったものの、暴動に参加していた左派市民たちの多くは、あまりにも拡大した社会的な不平等への不満をぶつけているだけで、体制そのものを転覆しようとは考えていっませんでした。

 じっさい、暴動で一番激しい攻撃を受けたのは、今回ご紹介のラベルに描かれているような中国系の警察官でした。彼らには「お前たちも中国人じゃないのか」と罵声が浴びせられ、塩酸や尿の入ったガラス瓶または火炎瓶を投げつけられたほか、警官隊に向けられたアジ演説のスピーカーは「英国人はそう長くはここに留まっていられないだろう。彼らが本国に帰るとき、お前たちを連れて帰ってくれるとでも思っているのか」とがなっていました。

 一方、北京政府は「英帝国主義の挑発に断固反対する」との声明を発していましたが、本音では、香港の“現状維持”を放棄するメリットは何もないことを十分に承知していました。もちろん、江青らは香港奪還を主張したものの、それが毛沢東の支持を得ることはなく、中国は英国が中国に敵対する政策を取らず、軍事的に利用しない(中国は米軍が香港に寄港することを恐れていました)方針を堅持していることを確認すると、それ以上、香港に対して干渉することはなくなります。

 かくして、香港の左派系市民は中国からも見捨てられ、“左派騒乱”と呼ばれた暴動は八月には実質的に終息。裏切られた革命の後遺症として、香港左派の地下党員の士気は沈滞し、中国系の国貨公司や中国系商店の売上げも激減することになりました。

 なお、このあたりの事情については、拙著『香港歴史漫郵記』でも詳しく取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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