内藤陽介 Yosuke NAITO
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 チャウシェスクの豪邸、初の一般公開
2016-03-14 Mon 11:28
 共産主義体制下のルーマニアの独裁者で、1989年に処刑されたニコラエ・チャウシェスク元大統領の豪邸が、おととい(12日)、政権崩壊から約26年を経て初めて一般公開されたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ルーマニア・チャウシェスク夫妻(1989)

 これは、1989年5月1日、チャウシェスク政権末期のルーマニアで発行された“反ファシスト行進50年”の小型シートで、切手部分には、当時のルーマニア国旗とデモ隊を背景に、若き日のチャウシャスク夫妻の肖像が描かれています。
 
 ニコラエ・チャウシェスクは、1918年、ルーマニア南部、オルト県スコルニチェシュティ村の農家に生まれ、11歳のとき、工場で働くために首都のブカレストに移住しました。1932年、当時は非合法組織であったルーマニア共産党に入党し、以後、その活動ゆえに何度か逮捕され、1936年、“反ファシスト活動”の罪で2年、さらに裁判中の法廷侮辱罪で6か月を加重した懲役と罰金2000レウ、出所後1年間は両親との生活を義務付ける判決を受け、ドフタナ刑務所に収監されました。

 後に妻となるエレナとは、1939年に出会い、同年8月、2人そろってブカレストで大規模なデモを組織しました。今回ご紹介の切手の“反ファシスト行進”とは、おそらく、このデモのことを指しているのではないかと思いますが、切手そのものはメーデーに合わせての発行です。

 この時の活動により、チャウシェスクは再び逮捕され、1940年7月、ブカレスト近郊のジラヴァ刑務所に送られましたが、1943年にはトゥルグ・ジウの強制収容所に移送されます。この移送先で、後にルーマニア共産党書記長となるゲオルゲ・ゲオルギュ=デジと親交を結びました。

 第二次世界大戦後、ソ連占領の下でルーマニア国王が退位し、共産主義政権が成立すると、チャウシェスクは、党書記長にして国家評議会議長(国家元首)だったデジの側近として頭角を現し、デジの死後、共産党の書記長に就任します。

 当時のルーマニアは産油国という立場のゆえにソ連とも一定の距離を維持する独自外交を行っていました。特に、1968年のいわゆる“プラハの春”に際して、ソ連を中核とするワルシャワ条約機構軍がチェコスロヴァキアに侵攻した際、チャウシェスクはこれに加担せずソ連を非難し、国民の喝采を浴びました。以後、“ソ連の脅威”を煽ることで国内の団結を図ることが独裁政権の基本スタイルとなりました。

 その一方で、1970年代初頭からチャウシェスクは次第に独裁の度合いを強め、国民に対して個人崇拝を強制するようになっていきます。そのきっかけとなったのは、1971年の中国・北朝鮮歴訪で、かの地で毛沢東ないしは金日成に対する異常な個人崇拝やマスゲームなどを目にしたチャウシェスクは、自国でもこれと同じことを行うべく、帰国後の同年7月、“ルーマニア文化大革命”を発動。秘密警察(セクリタテア)を動員した思想・文化の統制を強めていきました。1974年の大統領制導入もこうした文脈に沿って行われたもので、当然、初代大統領にはチャウシェスク本人が就任しています。

 チャウシェスクの推進した経済政策は、石油に依存する非効率なもので、極端な重工業至上主義によって建てられた各種の大規模コンビナートを運営していくためには、国内産の原油だけでは足りず、輸入燃料も必要であったことなどから、1977年以降、ルーマニアは石油の輸入国に転落し、対外債務も雪だるま式に膨らんでいきます。さらに1970年代末の農業の不作でルーマニア経済は深刻な状況に陥りましたが、個人崇拝の魔力に魅せられたチャウシェスク政権は、1984年に黒海=ドナウ運河が完成すると、北朝鮮にならった大規模な首都改造事業に乗り出し、国庫を濫費していきます。

 その一方で、1985年には電力非常事態宣言を発し、街灯を半減させ、テレビ放送は一日二時間に制限するという極端な“節電”を実行したほか、対外債務返済のための強引な“飢餓輸出”政策を遂行。国民生活は大きく圧迫され、国民は不満を鬱積させましたが、チャウシェスク政権は秘密警察を動員してそれを強引に抑え込んでいました。

 こうした状況の下で、ベルリンの壁崩壊に始まる東欧民主化の波がルーマニアにも到来し、1989年12月17日にティミショアラ事件が発生すると、チャウシェスクは、22日に全土に戒厳令を発し、軍に治安回復を命じましたが、軍は命令を拒否し、かえって装甲車で大統領官邸のあるブカレストの共和国広場に押し寄せます。このため、チャウシェスク夫妻は党本部からヘリコプターで脱出し、リビアへの亡命を企図。しかし、翌23日、チャウシェスク夫妻はルーマニア南部のトゥルゴビシュティで革命政府の救国戦線に逮捕され、25日、6万人の大量虐殺と10億ドルの不正蓄財などの罪で起訴。軍事裁判で銃殺刑の判決が下り、即日処刑されました。

 なお、チャウシェスクとその時代については、拙著『トランシルヴァニア/モルダヴィア歴史紀行』でも解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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