内藤陽介 Yosuke NAITO
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 アイルランドのソネット
2016-03-17 Thu 14:55
 きょう(17日)は、セント・パトリックス・デー(アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日で、アイルランド最大の祝祭日)です。というわけで、切手の世界で最も有名なアイルランド人、ウィリアム・マルレディ(いわゆるマルレディ・カバーのデザイナー)にちなんで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      マルレディ・ソネット

 これは、1986年、ウィリアム・マルレディの生誕200年を記念してアイルランドが発行した切手で、マルレディの代表作の一つ『ソネット』が取り上げられています。

 画題の“ソネット”は14行で構成されるヨーロッパの詩の形式ですが、切手に取り上げられた作品では、若い男が恋人に思いを告げる詩を贈り、その反応を待っている場面が描かれています。贈られた詩を読む女性の顔の雰囲気は、下の画像のマルレディ・カバーの右下の母親に、彼女の姿勢は左下の女性に何となく似ているように思えるのですが、いかがでしょうか。

      マルレディ・カバー

 さて、ウィリアム・マルレディは、1786年、アイルランド中西部エニスの貧しい家庭に生まれました。12歳から絵を描き始め、14歳で王立美術院(ロイヤル・アカデミー)に入学。田園に取材した作品を数多く残し、風景画家として画壇で確固たる地位を築き、アカデミーの会員になりました。油彩のみならず、銅版画やレタリングの技術にも習熟しており、たとえば、1807年に出版されたウィリアム・ロスコーの『ちょうちょうの舞踏会とバッタの宴会(The Butterfly’s Ball and the Grasshopper’s Feast)』には、若き日のマルレディの手になる挿絵が13枚収められています。同書の挿絵は、当時、大いに評判となり、1807年1年間で4万部を売るベストセラーとなりました。

 こうしたキャリアが見込まれて、マルレディは新たに発足する全国統一ペニー・ポストのため、1ペニーの郵便料金込みの封筒、マルレディ・カバーのデザインを制作しました。なお、マルレディ・カバーは、マルレディの原画をもとに、ジョン・トンプソンが原版を彫刻し、1840年4月14日以降、クロウエス父子会社が印刷しています。

 しかし、実際に売り出されたマルレディ・カバーのデザインは「詩的にすぎる」と不人気で、しかも、カバーの代金としては便料金に封筒代が上乗せされていたため、利用者の割高感も強く、売れ行きは芳しくありませんでした。
たとえば、当時、マルレディ・カバーを題材に作られた詩には、以下のようなものがあります。

 A set of those odd-looking envelope-things,
 (あのへんちくりんなデザインの封筒に描かれているものといえば)
 Where Britannia who seems to be crucified flings
 (まるで磔にされているみたいなブリタニアの)
 To her right and her left, funny people with wings
 (左右には、翼のついたおかしなやつがいて、)
 Amongst elephants, Quakers, and Catabaw kings,—
 (その周りにはクエーカー教徒と先住民カタボー族の酋長がいる)
 And a taper and wax, and small Queen’s-heads in packs,
 (蝋燭と封蝋で、小さな女王陛下のお顔を封に入れて)
 Which, when notes are too big you must stick on their backs
 (手紙の文章多すぎたなら、裏側に貼りつけなくちゃいけない)

 ちなみにこの詩で歌われているクエーカー教徒(正式名称はキリスト友会もしくはフレンド派)というのは、17世紀にイングランドで生まれたプロテスタントの一派で、教会の制度化・儀式化に反対し、人は神からの啓示を直接に受け得ると説き、米国ペンシルヴァニア州の名前の由来となったウィリアム・ペンの活動により、北米にも拡大しました。マルレディ・カバーの右半部に描かれているような帽子をかぶっているのが特徴で、絶対平和主義を唱えて兵役なども拒否する者が多かったことに加え、内なる光(聖霊)の語りかけに耳を傾けていると体が震え出すというのが他の宗派からは奇行に見えたこと、さらに、儀式や教義を否定することなどから、異端に近い存在として、ながらく迫害を受けていました。

 ちなみに、マルレディ本人はアイルランド出身の敬虔なカトリックの信徒ですから、彼の目から見れば“異端”にも近いクエーカー教徒をわざわざ封筒に描いたとは考えにくいのですが、クエーカー教徒のように見える人物が描かれていたということは、それ自体、当時の英国社会では揶揄の対象となったわけです。

 なお、マルレディ・カバーの評判が散々なものであったことは、かえって、皮肉屋の英国人たちのインスピレーションを掻き立て、さまざまなパロディ封筒が作られ、郵便に使用されることになりました。

 このあたりの事情については、拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 


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