内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の国々:スリランカ
2016-04-20 Wed 10:06
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年4月20日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はスリランカの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      スリランカ・プレマダーサ

 これは、スリランカ内戦時の1993年に暗殺されたラナシンハ・プレマダーサ大統領の追悼切手です。
 
 英領時代のセイロンでは、セイロン島の北部・東部を中心に居住し、総人口の2割ほどを占めていたタミル人(主にヒンドゥー教徒)が優遇されていましたが、1948年の独立後はその反動として、多数派のシンハラ人(主に仏教徒)が優遇され、タミル人は不満を募らせることになりました。

 こうした状況の下、1972年に発足したスリランカ自由党(SLFP)のシリマヴォ政権はシンハラ民族主義を掲げ、「仏教に至高の地位を与える」と規定した新憲法を制定して国名を“セイロン”から“スリランカ”に改称。これに対して、ヴェルピライ・プラバカランらはタミル人国家のスリランカからの分離独立を唱えて、武装組織の“タミルの新しいトラ (TNT)” を結成します。TNTは1975年にジャフナ市長を暗殺した後、より急進的な“タミル・イーラム解放のトラ (LTTE)”に改組されました。

 急進化するLTTEに対して、シンハラ人の反タミル感情も高揚し、1977年と1981年には大規模な反タミル暴動が発生します。

 こうした中で、1983年7月23日、LTTEの地雷攻撃によって政府軍兵士13人を殺害。これを機に同月25日、コロンボで大規模な反タミル暴動が発生し、スリランカは内戦に突入しました。

 当初、政府軍は劣勢でしたが、政府側は首都をコロンボからスリジャヤワルダナプラコッテへ遷都して徹底抗戦の姿勢を示し、LTTEは次第に北部地域に追い詰められていきます。

 これに対して、国内にタミル人を抱えるインドが介入し、LTTEの支配地域に支援物資を投下するとともに、1985年、LTTEに有利な条件での和平の調停に乗り出しました。

 当然のことながら、スリランカ政府はインドの介入に不快感を示しましたが、最終的にインドの調停を受け入れ、タミル人には武装解除と引き換えに自治権が与えられました。また、1987年7月以降、停戦監視のためにインド平和維持軍が派遣され、スリランカは和平を回復したかのように思われました。

 一方、インドの介入による停戦に対しては、シンハラ人の間には不満も強く、一部の過激派はテロ活動を展開。その報復として、LTTEも武装闘争を再開します。

 これに対して、1988年5月、インド平和維持軍は5万5000の部隊をスリランカに派遣しましたが、スリランカ政府は自国がインドに併呑されるのではないかとの恐怖を抱き、1989年に大統領に当選したラナシンハ・プレマダーサは、インド軍を撤退させるためにLTTEとの交渉を再開して休戦を実現。同時にプレマダーサ政権はシンハラ人過激派のスリランカ人民解放戦線(JVP)への掃討作戦を展開し、JVPは武力闘争を放棄します。この結果、存在意義を失ったインド平和維持軍は1990年3月に撤退しました。

 しかし、インド軍の撤退を好機ととらえたLTTEはテロ活動を再開。1991年5月21日にはインドの元首相ラジーヴ・ガンディーを、1993年5月1日にはプレマダーサを暗殺します。

 プレマダーサの死後、大統領に当選したチャンドリカ・クマーラトゥンガはLTTEとの交渉を再開したものの決裂。このため、政府軍は大攻勢を展開して1995年にLTTEの拠点ジャフナを奪取しましたが、決定的な勝利を収めることはできず、LTTEはテロ活動を継続しました。

 2000年代に入ると、ノルウェーの調停により何度か断続的に停戦が成立したものの、LTTEは2001年7月24日にバンダラナイケ国際空港襲撃事件を起こすなど情勢は安定しませんでした。

 このため、2005年に大統領に就任したマヒンダ・ラージャパクサは、中国及びパキスタンの支援を受けて、2006年以降、LTTEの殲滅を目指して、彼らが拠点としていた北部の空爆を開始。最終的に2009年5月17日、LTTEは敗北宣言を出し、スリランカ政府はプラバカラン以下LTTE幹部の死亡を確認したうえで、同19日、内戦の終結を宣言しました。

 26年にも及んだ内戦により、スリランカ国内では28万人のタミル人が難民となりましたが、内戦終結後、彼らの帰還は順調に進展。2013年には95%の地域で地雷の撤去が完了したほか、かつてのLTTEの拠点である北部州でも無事に選挙が実施されるなど、治安は急速に回復しています。

 さて、『世界の切手コレクション』4月20日号の「世界の国々」では、今回ご紹介の切手を含むスリランカ内戦の記事に加え、世界的に有名な文化遺産のシギリヤ・レディ、セイロン・ティーの収穫、スリー・マハー菩提樹、タミル暦元日の行事“タイ・ポンガル”の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、僕が担当する「世界の国々」は、次回は本日(20日)発売の4月27号でのヴァティカンの特集になります。こちらについては、4月27日以降、このブログでもご紹介する予定です。


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