内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 卓球・女子団体で銅
2016-08-17 Wed 11:06
 リオデジャネイロ五輪12日目(現地時間16日)は、卓球の女子団体の日本代表とシンクロナイズドスイミング・デュエットの乾友紀子 ・三井梨紗子が銅メダルを獲得しました。というわけで、 きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      マレーシア・世界卓球選手権団体戦(2000)

 これは、2000年にマレーシア・クアラルンプールで発行された第45回世界卓球選手権団体戦の小型シートです。卓球そのものの切手は、1949年にニカラグアで発行された最初の切手以来、数多く発行されていますが、団体戦にフォーカスをあてた切手というのはなかなかないので、取り上げてみました。

 国際卓球連盟の主催する世界卓球選手権は、1926年にロンドンで第1回大会が開催されて以来、途中、1940-46年に第二次世界大戦による中断をはさんで、1957年の第24回ストックホルム大会(その前年、1956年の第23回大会は東京での開催です)までは原則毎年、1959年の第25回ドルトムント大会以降は隔年で行われていました。

 その第45回大会は、当初、1999年4月26日から5月9日までの日程で“ユーゴスラヴィア連邦共和国(新ユーゴ)”のベオグラードで個人戦と団体戦の両方が開催される予定でした。ところが、当時は、ユーゴスラヴィア軍およびセルビア人勢力と、コソヴォの独立を求めるアルバニア人組織コソヴォ解放軍とのコソヴォ紛争は泥沼の様相を呈しており、1999年3月24日には北大西洋条約機構(NATO)がユーゴ空爆を行うなど事態が緊迫。このため、当時、ヨルゲン・パーソンをはじめ有力選手を抱えていたスウェーデンの卓球協会が大会への不参加を表明します。

 事態を重くみた国際卓球連盟では、選手の安全を考慮して中止を決定。代替措置として、個人戦と団体戦を分割開催することを決定し、とりあえず、1999年8月2-9日、オランダのアイントホーフェンで個人戦を開催することとしました。そして、団体戦に関しては、翌2000年2月19-26日にクアラルンプールで開催するという分離開催の方式が採られました。今回ご紹介の切手は、これを記念して開催国のマレーシアが発行したものです。

 これを機に、世界卓球選手権の運営が見直されることになり、すでに2001年に大阪での開催準備が進められていた第46回世界卓球選手権に関しては団体戦と個人戦を同時に行うものの、2003年の第47回パリ大会以降は、奇数年は個人戦、偶数年は団体戦が行われるようになっています。


★★★ 内藤陽介の最新刊 『リオデジャネイロ歴史紀行』 好評発売中!★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト

別窓 | マレーシア(独立後) | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< 女子レスリング、3階級制覇 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  体操・跳馬で白井が銅>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/