内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界漫郵記:リオデジャネイロ⑦
2016-08-30 Tue 15:15
 『キュリオマガジン』2016年9月号が発行されました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記」は前回に続き、リオデジャネイロ篇の第7回目。今回は、フラメンゴ公園の戦没者慰霊施設にフォーカスをあてました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      フラメンゴ公園(1960)  フラメンゴ公園・実物

 左は、1960年12月22日に発行された“英霊再埋葬”の記念切手で、フラメンゴ公園の戦没者慰霊塔が描かれています。ご参考までに、右側には、実際の慰霊塔の写真を貼っておきました。

 リオデジャネイロ・フラメンゴ地区の海岸に面したエドゥアルド・ゴメス公園は、1965年、ホベウト・ブーレ・マウクスの設計により造成されました。これに先立ち、慰霊塔本体は、公募で選ばれた建築家、マルク・ネット・コンデルとヘリオ・リバス・マリーニョの2人の設計によって1956年から着工し、1960年に完成しています。慰霊塔は、主として、第二次大戦で亡くなったブラジル軍将兵の慰霊のために建てられ、その足下には戦没者の埋葬施設もあります。また、第二次大戦以外にも、第二次中東戦争後のシナイ半島で国連平和維持活動に参加し、殉職したブラジル関係者も祀られています。

 さて、1939年9月に第二次大戦が勃発した当初、ブラジル国内では、陸軍の上層部はドイツに好意的でしたが、ヴァルガス政権は中立を維持していました。

 ところが、1941年12月、日本軍による真珠湾攻撃を受けて大戦に参戦した米国は、ブラジル北東部の戦略的な位置を重視し、ブラジルを自陣営に取り込もうとします。その一環として、米国は、ヴァルガス政権の経済政策の目玉の一つであったヴォルタ・レドンダ国立製鉄所の建設資金として2000億ドルを供与し、その代償として、レシーフェに米軍基地を設置。一方、ヴァルガス政権も、中立を掲げながらも、明らかに米国寄りの外交路線に舵を切るようになっていきました。

 一方、米国と戦闘状態に突入したドイツは大西洋戦線で潜水艦Uボートを用いた連合国の通商破壊作戦を展開していましたが、その結果、1942年1月から7月までの間に13隻のブラジル商船がドイツの潜水艦攻撃によって沈められます。さらに、同年8月には、潜水艦U-507により、2日間で5隻のブラジル船が沈められ、600人以上が犠牲になりました。この8月のUボート攻撃に対して、ブラジル国内の反独世論が沸騰。ヴァルガスは陸軍内の反対論を抑え込んで、8月22日、ドイツに対して宣戦を布告しました。

 その後、大戦末期の1944年になると、ブラジルは連合国の一員として、ラテンアメリカ諸国として唯一、米軍の指揮下に2万5000名余の遠征軍(FEB:Força Expedicionária Brasileira)をイタリア戦線に派遣し、ドイツ軍と戦いましたが、イタリアで戦死したFEBの将兵466名の遺体は、戦後長らく、イタリア北部トスカーナ州ピストイアのブラジル軍墓地に埋葬されていました。これらの遺体は、1960年、慰霊塔の完成に合わせて、祖国に帰還し、慰霊塔の下の墓廟に埋葬されています。今回ご紹介の記念切手は、これに合わせて発行されたもので、当時の慰霊塔周辺の風景が描かれています。

 現在、慰霊塔の傍らには、陸海空三軍の戦士を讃える三体の群像彫刻(造形作家アウフレッド・セシアッチの作品)と、空軍を讃える金属のオブジェ(彫刻家ジュリオ・カテッリ・フィーリョの作品)が設置されていますが、切手を見ると、ポン・ヂ・アスーカルを背景に、慰霊塔本体と空軍を讃えるオブジェは見えるものの、群像彫刻が描かれていません。

 ちなみに、ブラジルと第二次大戦の関係については、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。なお、雑誌『キュリオマガジン』の「郵便学者の世界漫郵記:リオデジャネイロ篇」も、同書に収録しきれなかった内容を加えて、年内いっぱい連載を続けていく予定ですので、こちらもよろしくお願いいたします。


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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

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