内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 チャスラフスカ、亡くなる
2016-09-01 Thu 13:57
 1964年東京五輪と1968年メキシコ五輪の体操女子で計7個の金メダルを獲得したヴェラ・チャスラフスカさん(以下、敬称略)が、30日にプラハの病院で亡くなっていたことが、きのう(31日)、明らかになりました。享年74歳。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      チェコ・五輪委員会100年

 これは、1999年、チェコが発行した“五輪委員会100周年”の記念葉書のうち、東京五輪の金メダリストとしてのチャスラフスカを取り上げた1枚です。

 チェコ選手の五輪への参加は、ハプスブルク帝国時代の1899年にボヘミア五輪委員会が結成されたことを受け、1900年のパリ大会から始まっています。その後、1918年にはチェコスロヴァキアが独立すると、翌1919年、ボヘミア五輪委員会はチェコスロヴァキア五輪委員会に改組され、1920年のアントワープ大会以降、チェコスロヴァキア選手として参加。1993年のチェコ・スロヴァキア分離後は、五輪委員会もチェコとスロヴァキアに分割され、1994年のリレハンメル五輪以降、チェコとして参加しています。

 さて、葉書に取り上げられているチャスラフスカは、1942年5月3日、ドイツ占領下のプラハで生まれました。

 チェコスロヴァキアの女子体操は、1936年ベルリン五輪で団体銀メダルを、1948年ロンドン五輪で団体金メダルを獲得するなど強豪国として知られていましたが、チャスラフスカは、その中心選手であったエヴァ・サボコワに見いだされ、16歳の時から本格的な体操のトレーニングを開始。1960年、18歳の時に、ローマ五輪に出場しました。このときは、個人総合では8位に終わったものの、チェコスロヴァキアは団体で銀メダルを獲得しています。

 その後、1962年にプラハで開催された体操の世界選手権の跳馬で金、個人総合で銀、床で銅の個人メダルのほか、団体でも銀メダルを獲得して世界のトップ選手となりました。そして、1964年の東京五輪では、“オリンピックの名花”と呼ばれ、チェコスロヴァキアの選手として初めて個人総合で金メダルを獲得したほか、跳馬と平均台で金メダル、団体で銀メダルを獲得しました。今回ご紹介の切手は、この時の彼女の活躍を顕彰するために発行されたものです。

 ところで、1968年1月、チェコスロヴァキアでは改革派のアレクサンデル・ドプチェクが共産党党第一書記に就任。ドプチェクは、3月には検閲制度を廃止して言論の自由を保障し、ついで4月には新しい共産党行動綱領を決定して「人間の顔をした社会主義」を目指すことが打ち出します。

 こうした中で、チェコスロヴァキア領内でワルシャワ条約機構軍の合同軍事演習“シュマヴァ”が行われると、これを機にソ連が軍事介入するのではないかと恐れた知識人たちは、6月27日、「二千語宣言」を発表。ドプチェク路線を強く支持し、旧来の体制に戻ることに強い反対が表明します。その著名者の中には、チャスラフスカも含まれていました。

 「二千語宣言」に対して、ソ連共産党機関紙「プラウダ」はこれを“反革命的”と断じ、7月末には、ドゥプチェクらチェコスロヴァキア首脳とブレジネフとの会談が行われましたが、その結果、ブレジネフはチェコスロヴァキアの改革は止まらないと判断。8月20日、ワルシャワ条約機構5カ国軍が一斉に国境を越えてチェコスロヴァキア領内に侵攻し、首都プラハの中枢部を占拠してドプチェク第一書記、チェルニーク首相ら改革派を逮捕し、ウクライナのKGB監獄に連行しました。

 こうした混乱の中で、1968年10月12日、メキシコ五輪が開幕。「二千語宣言」に署名していたチャスラフスカは開会直前にようやく出国を許可され、十分な練習時間も確保できないまま大会に参加。それでも、彼女は抗議の意を示すため、それまでの赤ではなく濃紺のレオタードで競技を行い、圧倒的な強さを見せて平均台以外のすべての個人種目で金メダルを獲得します。銀メダルとなった平均台の表彰式では、ソ連のナタリア・クチンスカヤの受賞の間、顔を背けることで抗議の意を示しました。

 メキシコ五輪終了後まもなく、チャスラフスカは、東京五輪。男子陸上1500m 銀メダリストのヨゼフ・オドロジル陸軍中尉と結婚し、同年12月、日本で開催された「中日カップ チェコ日本選抜体操大会」を最後に現役を引退しました。

 その後も彼女は「二千語宣言」への署名撤回を拒否し続けたため、国内体操界から追放され、不遇な生活を強いられました。また、私生活では、夫のオドロジルも軍を追われ、息子のマルチンが生まれたものの、1987年には離婚しています。

 1989年11月、チェコスロヴァキアではビロード革命により、共産党政権が倒れ、ヴァツラフ・ハヴェル政権が発足すると、チャスラフスカはハヴェル大統領のアドバイザーに就任。体操協会にも復帰し、大統領府を辞した後には、チェコオリンピック委員会の総裁も務めるなど、チェコ民主化の象徴的な存在となりました。
 
 しかし、1993年、離婚したオドロジルが息子のマルチンとの口論の末に死亡する事件が発生。マルチンは逮捕されます。

 この事件は、ビロード革命後も一定の社会的影響力を保持していた共産党とその支持者たちにとって、“民主化勢力”に反撃する格好の材料となり、共産党系のメディアを通じて、大々的な反チャスラフスカ・キャンペーンが展開されました。その結果、彼女は鬱状態になり、プラハの施設で治療を受けるようになりました。

 今回ご紹介の葉書に使われている写真には、東京五輪のポスターを背景に、微笑みながら、自分の獲得したメダルを見せているチャスラフスカの姿が写っています。チェコスロヴァキア現代史の文脈でいえば、チェコ五輪委員会100周年の記念葉書には、濃紺のレオタードを身にまとい、メキシコ五輪で鬼気迫る演技を見せた彼女の姿を取り上げるという選択肢もあったかもしれません。ただ、この葉書が発行された当時、彼女は存命でチェコ国内に住んでいましたから、葉書に使う写真の選択には、彼女の意向がそれなりに反映されているものと思われます。そうだとすると、彼女の運命を暗転させた“プラハの春”よりもずっと以前、初めての五輪金メダルを取って単純に幸せだった時代の写真が選ばれたのも、むべなるかな、というところでしょうか。


★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順)

  * 9月16日(金)までに、お名前・ご連絡先・ご所属を明記の上、電子メール、ファックス等で下記宛にお申し込みください。(お送りいただいた個人情報は、大使館へ提出する以外の目的には使用しません)
  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 
 会費は、『リオデジャネイロ歴史紀行』1冊の代金込みで6500円(書籍不要の場合は5000円)の予定です。参加ご希望の方は、トークイベントお申し込みの際に、その旨、お書き添えください。なお、懇親会のみの御参加も歓迎いたします。


★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
 発売元の特設サイトはこちらです。

 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★

 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。
スポンサーサイト

別窓 | チェコ・スロヴァキア | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< ロンドン大火350年 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  ピシュペク・フルンゼ・ビシュケク>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/