内藤陽介 Yosuke NAITO
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 8万アクセス
2006-07-16 Sun 23:58
 つい先ほど(16日23:00すぎ)、カウンターが8万アクセスを越えました。いつも遊びにきていただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

 さて、8万アクセスという区切りにちなんで、今日は額面8の切手に絡むものの中から、こんな1枚を引っ張り出してきました。(画像はクリックで拡大されます)

中央気象台75年

 これは、1949年6月1日に発行された“中央気象台創立75年”の記念切手の初日カバー(封筒に切手を貼り、発行初日の消印を押したもの)です。カバーの余白に描かれているカシェが、なんとなく夏の夕立の雰囲気で今の季節にピッタリなような気がしたので画像を貼り付けてみました。

 さて、切手の題材になっている中央気象台というのは、現在の気象庁の前身で、そのルーツは、1875年6月1日、東京市赤坂区葵町三番地に設置された“東京気象台”にさかのぼります。切手は、その“東京気象台”の設立から75周年になるのを記念して発行されました。なお、東京気象台は1887年に中央気象台と組織が改められた後、麹町区旧本丸北桔橋内を経て麹町元衞町に施設を構えていましたが、1945年3月の東京大空襲で全壊。このため、元大手町の厚生省庁舎に間借りして作業が続けられることになり、その場所が現在の気象庁の所在地になっています。

 ところで、この切手が発行される一月前の1949年5月1日、郵便料金が改正され、書状の基本料金が5円から8円に値上げされました。これは、いわゆるドッジ・ライン(日本経済の自立と安定とのために実施された財政金融引き締め政策)に沿って緊縮財政を旨とした超均衡予算が編成されたことにあわせて、郵便に関しても利用者の負担増が決められたことによるものです。

 もっとも、ドッジ・ラインに基づく予算編成そのものがかなりの突貫作業で行われたこともあって、このときの郵便料金改正は短期間に決められ、実行に移されましたから、料金改正初日の5月1日には、新たな書状料金用の8円切手の発行は間に合いません。結局、料金改正から1ヵ月後の6月1日になって、炭坑夫を描く通常の8円切手(5円切手とデザインは同じで刷色のみを変更)と、“中央気象台創立75年”ならびに“郵政省・電気通信省分離”の記念切手の3種類の8円切手が同時に発行されるという事態になりました。

 このため、現場の制作サイドはまさにてんてこ舞いの状況だったようで、この切手のデザインを担当した加曾利鼎造は、雑誌『郵趣』の取材に対して、「現在の如き、記念切手濫發では唯にせわしい思ひをするばかりで、もつとゆつたりした氣分で製作するには、切手畫家の人員を加する以外にはないだらう」と愚痴っています。

 この辺の事情に関しては、拙著『解説・戦後記念切手Ⅰ 濫造・濫発の時代 1946-1952』でも詳しくまとめてみましたので、ご興味をお持ちの方はご覧いただけると幸いです。
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