内藤陽介 Yosuke NAITO
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 NY・マンハッタンで爆発
2016-09-18 Sun 18:29
 ニューヨーク・マンハッタンのチェルシー地区で、現地時間の17日夜(日本時間18日午前)、爆発があり、この記事を書いている時点で、29人がけが、うち1人が重傷だそうです。負傷された方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、1日も早い御快癒をお祈りしております。というわけで、今回の事件現場の近くを通ったカバーということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・反ナチラベルカバー  ブラジル・反ナチラベルカバー(裏)

 これは、1943年9月11日、リオデジャネイロからニューヨーク宛に差し出された書留便です。第二次大戦中のため、ブラジル出国時と米国入国時にそれぞれ開封検閲された後、9月24日にニューヨーク中央郵便局に持ち込まれ、そこから、ニューヨーク市内のチャーチ・ストリートの郵便局に持ち込まれ、そこから、証券取引所のあるウォール・ストリートにも近いジョン・ストリートの宛先に届けられました。

 ニューヨークの中央郵便局(現ジェームス・ファーレー郵便局)は8番街の31丁目と33丁目の間にあり、正面は、今回の事件があったチェルシーの西側に面しています。今回、爆発があったのはそこから少し南下した7番街と6番街の間の23丁目ですが、このうちの6番街の南端がチャーチストリートの北端となります。そこからチャーチストリートを南下すると、チャーチストリートの郵便局があります。宛先のジョン・ストリートは、チャーチストリートの郵便局前を南進し、次の交差点からビージー・ストリートを左折して1本目、ブロードウェイにぶつかったら再び南進して2本目の通りとなります。

 さて、今回ご紹介のカバーは、裏面に、第二次大戦中のブラジルで作られた反独プロパガンダ・ラベルが張られているのがミソです。

 1939年9月に第二次大戦が勃発した当初、ブラジル国内では、陸軍の上層部はドイツに好意的でしたが、大統領のヴァルガスは中立を維持していました。

 ところが、1941年12月、日本軍による真珠湾攻撃を受けて大戦に参戦した米国は、ブラジル北東部の戦略的な位置を重視し、ブラジルを自陣営に取り込もうとします。その一環として、米国は、ヴァルガス政権の経済政策の目玉の一つであったヴォルタ・レドンダ国立製鉄所の建設資金として2000億ドルを供与し、その代償として、レシーフェに米軍基地を設置。一方、ヴァルガス政権も、中立を掲げながらも、明らかに米国寄りの外交路線に舵を切るようになっていきました。

 一方、米国と戦闘状態に突入したドイツは大西洋戦線で潜水艦Uボートを用いた連合国の通商破壊作戦を展開していましたが、その結果、1942年1月から7月までの間に13隻のブラジル商船がドイツの潜水艦攻撃によって沈められます。さらに、同年8月には、潜水艦U-507により、2日間で5隻のブラジル船が沈められ、600人以上が犠牲になりました。この8月のUボート攻撃に対して、ブラジル国内の反独世論が沸騰。ヴァルガスは陸軍内の反対論を抑え込んで、8月22日、ドイツに対して宣戦を布告し、1944年にはラテンアメリカ諸国の中では唯一、ヨーロッパ戦線に派兵しています。

 こうした状況の中で、ドイツへの敵愾心を煽るためのプロパガンダ・ラベルが作られ、その一部は郵便物にも貼られています。今回ご紹介のカバーに貼られているのもその一種で、ラベルには、ブラジルを狙うナチスの鍵十字をつけた腕が描かれ、「ヒトラーの言葉:我々はブラジルをドイツ人の土地に変える」との文言が入っています。

 ブラジルには19世紀以来、多くのドイツ系移民が渡っていたこともあり、ヒトラーは1933年の政権掌握以前からブラジルに興味を持っていたとされています。1939年にヘルマン・ラウシュニンクが発表した『ヒトラーとの対話』(邦題『永遠なるヒトラー』)によると、政権掌握以前の1932年の時点で、彼は次のように語ったとの記述があります。

 ブラジルに新しいドイツを建設しよう。そこにはわれわれの望むすべてのものがあるのだ。フッガー家とヴェルザー家がそこに土地を持っていたのだから、われわれは南米大陸に対して権利がある。われわれは、統一以前のドイツが破壊してしまったものを修復しなければならない。

 ラウシュニンクの証言については、発表当時、大いにセンセーショナルなものとして受け止められる反面、その信憑性に疑問があるとの指摘もなされていますが、少なくとも、ブラジルでは上記の発言が実際にあったと考える人が少なからずいたからこそ、ヒトラーが南米を狙っているとのプロパガンダ・ラベルが作られ、郵便物に貼られて、人々の生活の中を往来していたと考えることもできましょう。

 なお、第二次大戦とブラジルとのかかわりについては、拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順)

  * 9月19日(月)までに、お名前・ご連絡先・ご所属を明記の上、電子メール、ファックス等で下記宛にお申し込みください。(お送りいただいた個人情報は、大使館へ提出する以外の目的には使用しません)
  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 
 会費は、『リオデジャネイロ歴史紀行』1冊の代金込みで6500円(書籍不要の場合は5000円)の予定です。参加ご希望の方は、トークイベントお申し込みの際に、その旨、お書き添えください。なお、懇親会のみの御参加も歓迎いたします。


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