内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ズンビの国
2016-09-20 Tue 12:56
 きのう(現地時間18日)閉幕したパラリンピックの閉会式で、出演したブラジルの音楽グループ“ナサォン・ズンビ”のメンバーが演奏の最中、「テメル(大統領)は出ていけ」と書いた紙をステージ上で掲げる一幕がありました。というわけで、“ズンビの国(バンド名の直訳)”といえば、やはりこの切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・ズンビ・ドス・パルマーレス

 これは、1995年にブラジルで発行された“ズンビ・ドス・パルマーレス没後300年”の記念切手です。

 ポルトガル植民地時代、アフリカからブラジルに連れてこられた黒人奴隷の中には過酷な労働から逃げ出して密林地帯や山間の僻地などに“キロンボ”と呼ばれる集落を形成するものが少なからずいました。1570年以降、キロンボはブラジル北東部のバイーア、ペルナンブーコ、アラゴアスに拡大し、18世紀には南東部のサンパウロ州からミナス・ジェライス州にも登場します。キロンボの規模は50軒程度の小規模なものから数千軒規模のものまでさまざまで、彼らは独自に農耕・狩猟等に従事するほか、白人の集落を襲撃したりすることもありました。

 そうしたキロンボの中でも、1597年、ペルナンブコ州で40人の奴隷が反乱を起こし、農園主などを殺害してセーラ・ダ・バヒーガ山の山頂付近に逃げ込んでつくったのが、“キロンボ・ドス・パルマーレス”のルーツです。その後、彼らの逃げ込んだ土地が肥沃だったこともあり、キロンボ・ドス・パルマーレスは順調に発展し、ポルトガルやオランダ人(一時期、ブラジル北東部を支配していました)の攻撃も退け、最盛期には約3万人の住民を擁して、事実上の独立国家の様相を呈していました。

 そうしたなかで、1655年、ポルトガル軍の司令官、ブラス・ダ・ロッシャ・カルドーゾが数人の捕虜と1人の生まれたばかりの赤ん坊を捕えてパルマーレスとの戦いから帰還。赤ん坊は、ポルト・カルヴォに住んでいたアントニオ・メロ神父の元に引き渡され、フランシスコと名付けられ、キリスト教の教義やポルトガル語、ラテン語の教育を受けて育てられた。

 フランシスコは非常に優秀で、メロン神父も彼に愛情を注いでいましたが、次第に、自分と同じ黒人の奴隷が白人の下で苦役を強いられていることに心を痛めるとともに、まだ見ぬ家族への思慕が募り、1670年、15歳にしてパルマーレスへ逃亡。住民たちは彼を歓迎し、彼のことを“ズンビ”と呼ぶようになりました。

 ズンビは、当時のパルマーレスのリーダーだったガンガ・ズンバの片腕として、ポルトガル軍の相次ぐ攻撃からキロンボを防衛することに力を注ぎます。1680年にガンガ・ズンバが毒殺されると、ズンビは25歳で後継指導者となり、キロンボを率いることになります。

 1694年、植民地政府はドミンゴス・ジョルジ・ヴェーリョひきいる9000のポルトガル軍を派遣し、パルマーレスに対して総攻撃を仕掛けてきました。圧倒的な火力を有するポルトガル軍はパルマーレスの城壁を破壊して中心地マカコに侵入。キロンボは崩壊し、ズンビも戦闘で負傷して、命からがら逃げだしました。

 しかし、信頼していた一部隊のリーダー、アントーニオ・ソアレスの裏切りによって、ポルトガル軍はズンビの潜伏場所を急襲し、彼を逮捕。翌1695年11月20日、ズンビは斬首され、その遺体はレシーフェの街の広場に遺体は晒し者にされました。今回ご紹介の切手は、ここから起算して300年になるのを記念して発行されたものです。

 現在、ズンビは、黒人の自由とアフリカ文化を守り抜いた歴史上の英雄として、彼の命日にあたる11月20日は、ブラジル各地で“黒人の意識向上の日”の記念日になっています。

 ちなみに、パラリンピックの閉会式で抗議の紙を掲げたナサォン・ズンビは、シコ・サイエンスが1991年にズンビ終焉の地レシーフェで結成した音楽グループで、ブラジル北東部の伝統音楽であるマラカトゥやコーコに、ハードロック系のノイジーなギターとサンプリング、そしてラップ風のボーカルといったヒップポップ感覚をミックスした“マンギビート”を作り出し、ブラジル現代音楽に一台革命をもたらしました。リーダーのシコは1997年に自動車事故で亡くなりましたが、グループとしての活動は現在も継続しており、閉会式でのパフォーマンスになったというわけです。

★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★

 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。

 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始)
 ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム
  〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください)
 ・参加費 無料
 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順) 

 * ブラジル大使館のご厚意で、当日いきなりのご参加もOKになりました。ただし、残席僅少です。
  
 なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 
 
 お問い合わせ・懇親会のお申し込みは、下記宛にお願いいたします。

  申込先 えにし書房(担当・塚田)
  〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F
  Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379
  電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください)

 一人でも多くの方にお会いできるのを楽しみにしております。

★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 10月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。初回は10月4日です。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。

 ・毎日文化センター
 それぞれ、1日講座をやりますので、よろしくお願いします。(詳細は講座名をクリックしてご覧ください)

 10月11日(火) 19:00-20:30 リオデジャネイロ歴史紀行
 11月17日(木) 10:30-12:00 ユダヤとアメリカ 
  

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