内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ペレス前大統領、きょう国葬
2016-09-30 Fri 09:46
 おととい(28日)亡くなったイスラエルのシモン・ペレス前大統領(以下、敬称略)の国葬が、きょう(30日)、エルサレムで行われます。というわけで、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ベラルーシ・シモンペレス

 これは、2013年、ベラルーシが発行した“ベラルーシ出身のイスラエルの指導者”の切手のうち、シモン・ペレスを取り上げた1枚です。

 1948年に建国を宣言したイスラエル国家は、「全世界に離散したユダヤ人が“民族的郷土”のパレスチナに帰還し、ユダヤ人国家を建設する」というシオニズムを建国の理念としていました。このため、イスラエル建国後にイスラエルで生まれた世代が社会の第一線に出てくるまでは、世界各地からの移民が国家の指導層を構成していたわけですが、その中でも、現在のベラルーシの地域の出身者には、シモン・ペレス(第9・12代首相:1984-86年および1995-96年、第9代大統領:2007-14年)のほか、初代大統領(1948-52)のハイム・アズリエル・ヴァイツマン、第3代大統領(1963-73)のザルマン・シャザール、第7代首相(1977-83年)のメナヘム・ベギン、第8・10代首相(1983-84年および、1988-92年)のイツハク・シャミルなど、そうそうたる顔ぶれがいます。今回ご紹介の切手は、イスラエル建国65周年のタイミングに合わせて、ここに挙げた5人の肖像を取り上げた5種セットで発行されたものの1枚です。

 さて、シモン・ペレスは、1923年、ヴィシェニェフ(現在はベラルーシ領ですが、当時はポーランド領)で生まれました。1934年、家族とともに英委任統治領パレスチナのテルアヴィヴへ移住。同地のゲウラ・スクールおよびベン・シェメンの農業学校で学びました。

 1947年、イスラエル国防軍の前身にあたるハガナーに徴用され、ダヴィド・ベングリオンによって隊員募集と武器購入の責任者に指名されます。イスラエル建国後は1952年に29歳の若さで国防次官となり、1953年には国防大臣に就任し、イスラエル国防軍の武器調達や原子炉購入に尽力しました。

 第4次中東戦争後、イスラエル労働党の党首選挙に出馬したものの、イツハク・ラビンに敗退。そのラビンは1974-77年にイスラエルの首相(1回目)となりました。その後、1984年、右派リクードとの挙国一致内閣が発足すると、ペレスは首相に就任しています。ただし、1992年の党首選ではライバルのラビンに敗れ、そのラビンが総選挙でリクードのイツハク・シャミルから政権を奪還しました。

 1992年に発足したラビン政権では、ペレスを外務大臣に就任し、ヤーセル・アラファート率いるパレスチナ解放機構と和平交渉を進め、1993年には“オスロ合意(暫定自治政府原則の宣言)”を締結。翌1994年にはヨルダンとの平和条約にも調印し、その功績により、ラビン、アラファトとともに1994年のノーベル平和賞を受賞しました。その後、1995年11月4日、ラビンはテルアヴィヴで和平反対派のユダヤ人青年イガール・アミルに暗殺されると、ペレスが緊急閣議で暫定内閣の首相代行を経て2度目の首相に就任。和平の推進を目指します。

 しかし、第2次ペレス政権に対しては、和平に反発するパレスチナの過激派がテロを起こし、リクードのネタニヤフがそれを材料に労働党政権を批判。さらにレバノンのヒズボラもイスラエルを攻撃するなど、治安が急激に悪化したため、1996年の首相公選ではネタニヤフに1%差で敗れ、政権を失いました。

 その後、ペレスは2000年の大統領選にも出馬し、勝利が確実視されながらもリクードの推すモシェ・カツァブに逆転で敗退。2001年の首相公選で、リクードのアリエル・シャロンが政権を獲得すると、同政権下で外務大臣に就任しました。

 当時は、米国の911同時多発テロの影響もあり、右派出身の閣僚たちはアラファトの政治生命を断つべきだと主張しましたが、ペレスはそれに抑えて、パレスチナ側とのチャンネルを維持しようとしました。

 2005年、リクードの党首だったシャロンがエフード・オルメルトやツィッピー・リヴニらとともにリクードを離党すると、ペレスも労働党を離党し、両者は「領土の譲歩」と「非武装のパレスチナ国家承認」を基本方針とする中道政党カディマを結成。2007年にはカディマから第9代イスラエル大統領に当選し、2014年まで大統領職を務めました。イスラエル国内の治安状況が悪化する中で、カディマの“理想主義”は必ずしも国民の支持を得られず、2013年の総選挙ではわずか2議席しか獲得できないという歴史的大敗を喫したものの、ペレス個人は、国内における穏健派の重鎮として、亡くなるまで、イスラエルの世論形成にも大きな影響力を持っていました。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。


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