内藤陽介 Yosuke NAITO
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 タイ国王陛下、崩御
2016-10-14 Fri 11:25
 タイのプミポン・アドゥンヤデート国王陛下(以下、ラーマ9世)が、きのう(13日)、崩御されました。88歳。心からご冥福をお祈りしつつ、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・500バーツ(1999年)銘付田型

 これは、1999年9月10日にタイで発行された500バーツの普通切手の銘付田型です。タイの普通切手の最高額面、500バーツの切手は、2010年にも別のデザインで発行されているのですが、1999年の切手は日本の印刷局製、2010年はフランスのカルトゥール社製ということで、今回は、日本製であることがわかる1999年の切手の銘付田型をご紹介することにしました。

 さて、ラーマ9世は、1927年12月5日、米国マサチューセッツ州ケンブリッジで生まれました。父親のソンクラーナカリン親王は、ラーマ5世69番目の子息で“タイ近代医学の父”と呼ばれる人物で、母親のシーナカリンタラー=ボーロマラーチャチョンナニー王太后(以下、シーナカリン)は平民の出身でしたが、16歳の時からシリラート病院に看護婦として勤務し、王室の奨学金を得て米国に留学中に、ソンクラーナカリン親王と出会い、結婚しました。その後、夫妻はいったんタイに帰国した後、親王が欧米諸国に留学し、ラーマ9世は、父親の米国留学中に生まれたというわけです。

 1928年、一家はタイに帰国しましたが、翌1929年、ソンクラーナカリンが急逝。このため、シーナカリンは、一時、義母でタイ赤十字社総裁を務めていたサワーンワッタナー王女の住むサラパトゥム宮殿に身を寄せましたが、3人の子を連れて子供の教育のためにスイスのローザンヌに渡ります。

 彼女と子供たちがローザンヌ滞在中の1935年、立憲革命の混乱でラーマ7世が退位。ラーマ7世には自身の子がなかったため、王族最高位のチャオファーの階級にあったソンクラーナカリンの子、アーナンタマヒドン王子が国会決議により、国王ラーマ8世として即位しました。ただし、この時、ラーマ8世は年少で学業も半ばであったため、国王としての即位の儀式を行うために一時帰国したものの、すぐにローザンヌに戻っています。

 1945年12月5日、“大東亜戦争(タイにおける第二次大戦の正式名称)”の終結を受けて、ラーマ8世はスイスから帰国し、1946年1月1日には英国との間で講和条約も結ばれましたが、1946年6月、帰国後わずか半年の国王が寝室で額を打ち抜かれて死亡するという国王怪死事件が発生。これを受けて、ラーマ9世は、急遽、新国王として即位します。ただし、この時点では、ラーマ9世は学業半ばだったこともあり、いったん、ローザンヌ大学へ復帰し、1952年に帰国しています。この間、1950年4月には、フランス滞在中に出会ったシリキット・キッティヤーコーンと結婚し、同年5月5日に戴冠式を行っています。

 立憲革命以降、政治の中枢にあったピブーンソンクラーム(ピブーン)が国王の権威を抑え込むことによって自らの権力基盤を確立していったことに加え、ラーマ7世の退位とラーマ8世の怪死もあって、ラーマ9世の即位当時、タイ王室の権威は大きく揺らいでいました。

 これに対して、1958年9月18日のクーデターでピブーンを追して政権を掌握したサリット・タナラットは、近隣諸国からの共産主義の浸透を防ぐためにも、「タイの民主主義は国王を元首とした民主主義である」と規定し、ラーマ6世の唱えた民族・宗教・国王の3原則(ラック・タイ)を国家イデオロギーの中核に据え、国王の威信を回復することに務めます。

 そして、若き国王も、そうした政権側の期待にこたえる形で、立憲君主国の国王として、直接の政治介入は行わないものの、
国民統合の象徴としての公務を真摯にこなすとともに、タイの各地で王室主導で稲作や酪農など2000以上に上るプロジェクトを実施し、農村の振興や貧困対策に力を入れ、王室に対する国民の信頼を急速に回復させました。

 こうしたことの積み重ねがあって、クーデターが頻発するタイの政治風土の中で、ラーマ9世は官僚や軍部、民主活動家など利害関係の調停役として采配を振るい、困難な情勢の打開収拾に手腕を発揮し、1960年代以降、急速に経済発展を遂げたタイ社会の安定に絶大な貢献を果たしてきました。

 晩年は、フワヒンにあるクライカンウォン宮殿を御座所とし、公務の数も減らしていましたが、2016年10月3日、肝臓への異常や感染症により、バンコクのシリラート病院に入院。様態が不安定と発表され、多くの国民が御快癒をお祈りしていましたが、きのう、入院先のシリラート病院にて崩御されました。

 なお、僕にとっては、タイは生まれて初めて訪れた外国というだけでなく、2007年の『タイ三都周郵記』刊行がご縁で、東京で開催された陛下のお誕生日の祝賀会にご招待いただいたほか、現在、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』にも「泰国郵便学」と題して連載をさせていただいており、タイ人の友人も多いので、非常に思い入れの強い国です。それだけに、今回の国王陛下の御崩御も、いずれこの日が来るものとわかっていたものの、やはり、特別な感情が込み上げてきます。

 あらためて、陛下の御冥福をお祈りするとともに、タイ国民の皆様に、心よりのお悔やみを申し上げます。


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 10月29日(土) 13:45-15:15 ヴィジュアルメディアから歴史を読み解く

 本とアートの産直市@高円寺フェス2016内・会場イヴェントスペースにて、長谷川怜・広中一成両氏と3人で、トークイヴェントをやります。入場無料ですので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。(本とアートの産直市@高円寺については、主催者HPをご覧ください)


★★★ 講座のご案内 ★★★

 11月17日(木) 10:30-12:00、東京・竹橋の毎日文化センターにてユダヤとアメリカと題する一日講座を行います。詳細は講座名をクリックしてご覧ください。ぜひ、よろしくお願いします。 
 

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