内藤陽介 Yosuke NAITO
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 台湾光復節
2016-10-25 Tue 08:41
 きょう(25日)は、1945年10月25日に台湾における日本の統治が終わったことにちなむ“台湾光復節”です。というわけで、せっかく、台北にいることでもありますし、この切手です。(画像はクリックで拡大されます。ちなみに、(切手の隣には、“慶祝台湾光復節”の横断幕が掲げられた、きょうの台北市議会議事堂の写真を貼っておきました)

      台湾数字10円  台湾光復節(2016)

  これは、第二次大戦の終戦間際、台湾で準備されたものの、発行されずに終わった10円切手で、デザインは日本本土と同じ梅花模様が取り上げられています。

 大戦末期の1944年10月、米軍がフィリピンのレイテ島に再上陸します。台湾最南端の鵞鑾鼻岬からは、天気が良ければフィリピンの北端が見えるほど、両者の近い距離にありますから、台湾は、米軍の侵攻がいよいよ間近に迫ってきたのではないかとの緊張に包まれることになります。

 こうした状況の中で、1944年10月、台湾総督府交通局の逓信部長は、日本本土との交通が途絶えて葉書の供給がストップし、在庫切れとなることを予想して、内地製のものと同形式で暫定的な葉書を現地で製造したいことを、東京の通信院(1943年11月の行政機構の簡素化により、逓信省が改組されたもの)に申し出て、了承を得ています。

 さらに、1945年6月になると、戦況はいよいよ悪化し、東京の逓信院は朝鮮総督府逓信局長・台湾総督府交通局総長・関東逓信官署逓信局長・南洋庁交通部長宛に、それぞれの管内で図案を簡略化した切手を製造することとし、そのための準備に入るよう指示。これを受けて、台湾ではさっそく、“簡素切手”の製造準備に取り掛かります。逓信院から送られてきた切手の元図は台湾出版印刷株式会社に渡され、3銭、5銭、10銭、40銭、50銭、1円の6種類の数字切手と、内地の5円(今回ご紹介のものです)、10円切手と同図案の切手の印刷が発注されました。これが、いわゆる台湾数字切手です。

 しかし、実際に切手発行の計画が立案されたのは7月31日のことで、台湾総督府交通局逓信部長の決裁が取られ、切手発行についての最終的なゴーサインが出たのは、玉音放送前日の8月14日のことでした。すでに8月4日、印刷所では見切り発車で切手の製造が開始されていたものの、結局、“簡素切手”は終戦には間に合いませんでした。

 日本の敗戦とともに、蒋介石の国民政府(以下、国府)はカイロ宣言にしたがって台湾接収に向けて動き始めます。もっとも、実際に国府の第70軍と行政長官公署官員が台湾に進駐したのは10月17日、日本軍の降伏受理が正式に行われたのは10月25日のことで、それまでの期間は、日本の台湾総督府がそのまま台湾統治の実務を担当していました。

 郵便も例外ではなく、日本側が業務を続けていましたが、当然のことながら、日本本土から、新規に切手が配給されることはなくなっていたため、9月に入ると、各地で一部の切手の在庫が底をつき始めます。

 これに対して、当初、台湾総督府は在庫切れの切手の代わりに暫定的に「郵資已付(郵便料金納付済の意)」のゴム印を押して対応していました。ところが、これらのゴム印は容易に偽造が可能であるうえ、耐久性に乏しく、すぐに傷んで変形してしまうなどの不具合が多かったため、台湾総督府側は、終戦前に用意しながら発行されないままになっていた台湾製の“数字切手”のうち、3銭ならびに5銭の切手を10月21日から、10銭の切手を10月31日から、それぞれ台北郵便局で発売しています。さらに、新竹、台中、台南、南投、大渓、斗六、新化、佳里、竹東などでも、あいついで数字切手が発売されました。

 さて、10銭切手が発行される以前の10月24日には、台湾省行政長官兼台湾省警備総司令となった陳儀が台湾に上陸。翌25日には台北公会堂で台湾受降式典が行われ、陳儀は蒋介石の代理として、台湾総督兼日本軍第10方面軍司令官・安東利吉の投降を受理しています。そして、台湾と澎湖諸島の中華民国領編入を宣言し(ただし、この時点では、台湾の帰属変更に関する正規の条約が調印・批准されているわけではないので、国際法的には、この宣言をもって台湾が正式な中華民国領となったとはいえない)、これを受けて、国府による台湾統治のための機関として台湾行政長官公署が発足しました。

 ところが、国府側による郵政接収はスムースには進まず、その後も住民に対する郵便サービスの提供はしばらく日本側が担当せざるを得ないのが実情でした。10月31日になってから、日本統治時代につくられた数字切手が発行されたのは、そうした事情を何よりも如実に物語っているといってよいでしょう。

 結局、国府側による郵便の接収は11月3日にまでずれ込みます。そして、この日をもって数字切手を含む日本時代の切手は無効となり、今回ご紹介のものを含むその他の“簡素切手”は未発行のままに終わりました。そして、翌4日付で国府は、日本時代の数字切手に「中華民國 臺灣省」の文字を加刷した切手を発行しています。こうして、台湾における日本郵便の歴史はようやく幕を閉じることになりました。

 ただし、新たに発足した台湾行政長官公署が台湾で流通させた新通貨の(旧)台幣は日本円との交換レートが1:1となっており、大陸とは全く別の通貨体系となっていました。したがって、後に大陸と台湾では同じデザインの切手が発行されるようになっても、対応する通貨が異なっているため、中国本土と台湾で使われている切手は本質的に別物でしかありません。言い換えるなら、切手の面では、台湾は決して(国府のいう)“祖国”に復帰したわけではなかったわけです。



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