内藤陽介 Yosuke NAITO
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 岩のドームの郵便学(46)
2016-12-04 Sun 20:58
 『本のメルマガ』628号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回は、1985年にテルアヴィヴで開催された世界切手展<Israphil '85>について取りあげ、その会期初日に発行された記念切手(下の画像。クリックで拡大されます)をご紹介しました。

            イスラエル・Israphil '85

 イスラエルでの世界切手展の開催は建国10年目にあたる1957年9月17-23日にテルアヴィヴで開催された<Tabil '57>が最初のことで、ついで、1974年3月25日から4月2日まで2回目の展覧会として<Jerusalem '73>エルサレムで行われました。1974年の開催であるにも関わらず、展覧会の名称が<Jerusalem '73>となっているのは、当初の会期予定が1973年12月19-30日だったものの、同年10月に第4次中東戦争が勃発したため、会期が延期されたという事情によるものです。

 <Israphil '85>はこれに続くイスラエル3回目の世界切手展の開催で、1985年5月14日から22日まで、テルアヴィヴで改愛されました。今回ご紹介の切手は、その会期初日に発行されたもので、エルサレム旧市街の3宗教の聖地、岩のドーム(イスラムの聖地)、嘆きの壁(ユダヤ教の聖地)、聖墳墓教会(キリスト教の聖地)を一つずつ取り上げています。

 さて、1974年の切手展はエルサレムで開催されたにもかかわらず、記念切手はエルサレムを想起させるデザインではなく、1948年に発行されたイスラエル最初の切手をデザインしたものでした。これに対して、1985年の切手展はテルアヴィヴでの開催にもかかわらず、エルサレムを象徴するデザインとなっているのが興味深いところです。

 1949年、第一次中東戦争の休戦協定により、エルサレムは東西に分断され、3宗教の聖地のある旧市街を含む東エルサレムはヨルダン領に、新市街のある西エルサレムはイスラエル領となりました。これを受けて、1950年、イスラエル議会はエルサレムを首都と宣言して、テルアヴィヴの首都機能を西エルサレムに移転します。

 その後、1967年6月の第三次中東戦争でイスラエルは東エルサレムを含むヨルダン川西岸を占領しましたが、同年11月22日の国連安保理はイスラエルの占領を無効とする安保理決議242を全会一致(中華民国、フランス、イギリス、アメリカ、ソビエト連邦、アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、カナダ、デンマーク、エチオピア、インド、日本、マリ、ナイジェリア)で可決。ただし、同決議では撤退期限は定められず、経済制裁などの具体的なイスラエルへの対抗措置も行われなかったため、イスラエルは決議を無視し、占領地の支配を継続しました。

 こうした事情もあって、東エルサレムの占領を誇示するようなデザインの切手は“平和維持に反する意図をもつ切手”として、そうした切手の貼られた郵便物の逓送を拒否する国もあったほどです。

 1974年にエルサレムで開催された切手展に関しても、そうした事情を反映して、“エルサレム”を想起させるデザインの切手を発行すれば、親アラブ諸国(ソ連東欧諸国など)からの作品の出品やブース出店がキャンセルされる可能性は十分にありました。この切手展に関しては、イスラエル郵政としては、ともかくも世界各国の出品者や郵政機関、切手商を1人でも多くエルサレムに集め、イベントを無事に成功させることで、“イスラエル支配下のエルサレム”という枠組みを認知させることが最優先課題でしたから、余計な摩擦を避けるためにも、“イスラエル最初の切手”という切手収集家・郵政関係者の関心を呼びそうな題材を記念切手に採用したものと考えられます。

 その後も、現在に至るまで安保理決議242は有効であり、国際社会はエルサレムがイスラエルの首都であることを認めていませんが、1979年のイスラエル=エジプト平和条約を経て、1980年、イスラエル議会は、あらためて、東西エルサレムを統合した“統一エルサレム”はイスラエルの永遠の首都であると宣言しました。エジプトとの平和条約により国境が画定し、エルサレムの支配も追認されたというのがイスラエル側の主張です。

 しかし、これに対して同年の国連総会は、安保理決議242が有効であることを改めて確認したうえで、イスラエルによる東エルサレムの占領を非難し、エルサレムを首都としたイスラエルの決定の無効を143対1(反対はイスラエルのみ、棄権は米国など4)で決議しています。

 1985年の切手展がテルアヴィヴで開催されたにもかかわらず、その記念切手がエルサレムを題材としたものとなっていたのも、1980年のエルサレム首都宣言後最初の世界切手展として、東エルサレムがイスラエルの支配下にあること、そして、彼ら自身はエルサレムが首都であると主張していることを、あらためて、全世界の収集家・郵政関係者にアピールする意図が込められていたものと考えるのが妥当でしょう。

 ちなみに、その後も、現在に至るまで、イスラエルはエルサレムを首都と宣言していますが、多くの国はこれを認めておらず、エルサレムに大使館・領事館を置いている国は一つもありません。先日の米国大統領選挙で当選したドナルド・トランプは、選挙期間中、親イスラエルの立場を明確にするため、イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ首相に対して「エルサレムは(東エルサレムも含め)イスラエルの不可分で永遠の首都だ」と伝えていますが、同様の“リップ・サービス”は歴代の大統領や大統領候補も繰り返しており、特に目新しいものではありません。
 

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