内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:あらまき
2016-12-14 Wed 10:36
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2016年12月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」は、今回はこの1点を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      高橋由一・鮭

 これは、1980年2月22日に発行された近代美術シリーズ第5集のうち、高橋由一の「鮭」を取り上げた1枚です。

 僕が子供の頃は、年末になると、誰かしら新巻鮭を送ってくれる人がありました。

 もともと“あらまき”というのは、塩漬けの魚を藁や竹の皮などで包んだものを指す言葉で“苞苴”と書き、塩漬けにする魚も鮭とは限らなかったようです。長野県の佐久地方で現在でも“新巻鯉”が作られているのは、その名残だと考えられています。

 江戸時代には“あらまき”には“荒巻”の字を当てるのが一般的でしたが、その語源は、①荒縄で巻いたから、②荒く巻いたから、③藁で巻いた“藁巻”に由来する、④塩を粗くまい“粗蒔き”に由来する、などの諸説があります。また、年末年始の贈答品に荒巻鮭を送る風習が広まったのも江戸時代後半のことだといわれています。

 その後、明治も中頃になると、鮭の収穫時期からほどなくして、年末に荒巻をやり取りすることから、新しく収穫された鮭、新物の鮭の意味で、現在のように“新巻”の文字があてられるようになりました。ただし、今回ご紹介の切手に取り上げられた「鮭」は、1875-77年頃の作品ですから、この鮭に充てる漢字は“荒巻”だったと思われます。

 作者の高橋由一は、文政11年2月5日(1828年3月20日)、下野国佐野藩士の長男として江戸大手門前の藩邸で生まれました。

 12-13歳の頃から狩野洞庭らに日本画を学びましたが、西洋の写実的な版画に感激して洋画を志し、1862年、蕃所調所(幕府直轄の洋学研究機関)の画学局に入り、川上冬崖の指導を受けます。さらに、1866年以降、英字紙の特派員として横浜に在住していたワーグマンに実技を学び、1876年には工部大学校(現東京大学工学部)付属の工部美術学校教授として来日したイタリア人画家A.フォンタネージの指導を受け、西洋の写実主義を自家薬籠中のものとしました。また、1873年、日本橋浜町に画塾、“天絵楼(のち天絵舎、天絵学舎)”を開設し、油絵の普及と弟子の育成に努めました。

 由一の自宅兼画塾があった日本橋浜町から、当時の魚河岸があった本船町から本小田原町一帯(現在の日本橋本町一丁目から日本橋室町一丁目付近)までは目と鼻の距離です。江戸時代の浜町には大名屋敷や蔵屋敷が立ち並んでいましたが、明治維新後は、地の利を活かして、大名屋敷の跡地を利用して多くの料亭や飲食店が開業しました。

 由一は、油絵に対する世間の理解を得るため、日本人にとって身近な題材を積極的に取り上げましたが、彼が特に鮭を選んだ背景には、そうした土地柄もあったのでしょう。

 さて、由一が描いた鮭は、鼻の曲がり具合から、荒巻の定番、シロサケだとわかります。口から鰓に縄を通した鮭を上から吊るしているので、身の重みで尾の方に皺が寄っており、、鮭は半身の腹部が切り取られた状態になっています。

 僕の記憶では、わが家に届いた新巻は祖母や母がすぐに3枚におろし、塩抜きしてから冷蔵庫にしまっていましたが、由一の家では軒に吊るしたまま、その日に食べる分だけを切りだしていたようですな。西洋の生ハムやサラミと同じような消費の仕方ですが、それだと、尾の身を食べる頃にはかなり塩が回っていたはずで、その部分はお茶漬けにでもしないと辛くて食べられたものではなかったと思います。

 新巻が届いて数日後、忘年会でしたたかに酔っぱらった由一が帰宅し、鮭の尾の身を少し削って、火鉢であぶり、ご飯に載せてお茶をかけてすすっている…忘年会の季節になると、連日連夜、酔眼朦朧で帰宅するわが身に引き付けて、そんな後日談の風景も想像してみたくなる1枚です。


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