内藤陽介 Yosuke NAITO
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 カジノ法案成立
2016-12-15 Thu 09:09
 カジノを含む統合型リゾート(IR)を解禁する法案(IR推進法案、通称カジノ法案)が、けさ(15日)未明、前日の参院本会議に続き、衆院本会議で可決され、成立しました。というわけで、カジノといえば、やはりこの切手でしょうか。(画像はクリックで拡大されます)

      マカオ・カジノ(ルーレット)

 これは、1987年にマカオで発行された“カジノ”の切手のうち、ルーレットを取り上げた1枚です。

 マカオのカジノは、1860年頃、十月初五街の康公廟前の露店で開帳されていた賭場を管理するため、マカオ政府が賭場開帳の権利を特定の組織に独占的に与えるようになったのが起源とされています。

 マカオ政庁は競争入札によって賭博場の権利を特定の業者に独占的に販売し、賭博場の経営者から莫大な税を徴収し、財政基盤としていましたが、1937年から61年までの24年間、当時のマカオにおける最高級ホテル、セントラルの賭博場開設の権利を独占していたのは、高可寧と傅老榕が共同で経営する泰興娛樂總公司(泰興公司)でした。同公司がマカオ政庁に毎年収めていた賭博税の金額の180万パタカは、当時の税収全体の40%を超えていたといわれています。

 これに対して、1960年、長年にわたって泰興公司の経営を取り仕切ってきた傅老榕が亡くなると、1961年、葉漢、葉徳利、何鴻燊、霍英東の4人は、マカオのカジノ経営権独占を実現すべく、澳門旅游娯樂有限公司(以下、娯楽公司)を設立。ポルトガル人の妻を持つ何はポルトガルに渡り、植民地を監督・経営する海外省などをまわって泰興公司とマカオ政府の癒着を告発するとともに、次期マカオ総督(任期は1962年4月から)に内定していたロペスとも面会し、カジノの収益をマカオのために使い、大戦後、香港の復興とともに経済が停滞していたマカオを再建してほしいと訴えました。

 はたして、1961年10月に行われた入札では娯楽公司が年316万7000パタカでカジノの経営権を獲得。政府はこの金額の10%をマカオの慈善事業に使い、残りの使途は娯楽公司との協議のうえで決めるということになります。このとき、娯楽公司はマカオ政府に対して、①カジノを世界的な水準のものとする、②一流のホテルを3件建てる、③新しい船着場を得建設する、④マカオ=香港間に水中翼船を就航させる、⑤港湾を含めマカオの交通事情を改善する、⑥毎年、港の底の100立方メートルの土砂を浚渫する、ことなどを約束しました。

 1962年、娯楽公司はまず、新花園に最初のカジノを開業した後、各地に小規模なカジノを次々に開業し、年末には内港の16号埠頭に“澳門皇宮”と名付けた大型カジノ船を係留しました。

 これに対して、何ら新興勢力の台頭を喜ばない有力者たちは何に対して脅迫状を送り付けたほか、マカオ船籍の船の香港との往来を妨害するなどの抵抗を試みましたが、何は脅迫状の内容を公開して世論の同情を集めるとともに、香港籍の船を確保。さらに、自分に対する暗殺指令が出ていることを察知すると、24時間以内に自分を狙っている暗殺者を発見した者には100万パタカの報酬を支払うとの新聞広告を大々的にうち、旧勢力を追い詰めていきました。

 さらに、それまでのマカオ経済の中心は内港エリアにありましたが、何は外港に新たなフェリーターミナルを建設。1975年には香港=マカオ間のフェリーの定期運行化を実現し、香港からの日帰りカジノ旅行を可能としました。また、場内で俳優や歌手を招いてショウを行うなど、ラスベガスに倣った最新式のカジノを備えたホテル、リスボアなどを外港エリアに相次いで建設し、外港との間に無料のシャトルバスを運行させるとともに、カジノ税の使途は娯楽公司と政府の協議によって決めるという条項を利用して、公共工事・公共事業の支出は外港エリアに集中させ、内港エリアへはほとんど支出しないようにすることで、内港地域を拠点としていた旧勢力を徹底的に干し上げました。

 かくして、マカオの繁華街は急速に外港寄りのエリアへとシフトし、セントラルを中心とする内港エリアは急速に衰退。新たなカジノが集中する外港エリアが繁栄するようになりました。

 なお、このあたりの事情については、拙著『マカオ紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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