内藤陽介 Yosuke NAITO
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 南アの複葉機
2016-12-17 Sat 12:21
 1920年代から1930年代にかけて製造された複葉機12機がギリシャ・クレタ島から南アフリカ共和国・ステレンボッシュ(ケープタウン東方50kmの都市)までの約1万3000kmを36日間かけて縦断するレース、“ヴィンテージ・エア・ラリー”は、きのう(16日・現地時間)、終着地のステレンボッシュに参加機が到着しました。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      南ア・航空(1925・1d)

 これは、1925年2月26日に南アフリカ連邦(当時)が発行した南ア最初の航空切手で、郵便機として利用されていた複葉機が描かれています。今回の“ヴィンテージ・エア・ラリー”の参加機は1920-30年代の複葉機ということですから、まさに、その時代に南アの空を飛んでいた飛行機の切手ということで持ってきました。

 現在の南アの地における航空事業の歴史は、南ア連邦創設以前の1907年、英領オレンジ川植民地のブランドフォートで、民間人技師のジョン・ウェストンが自作の飛行機制作を始めたことからスタートします。ただし、ウェストンは飛行能力のあるエンジンを自作できなかったため、フランスの航空機メーカー、ヴォワザン社の協力を得て、1910年、グノーム・ロータリー・エンジンを搭載した機体を用いて、フランスでの試験飛行に成功しました。

 一方、1908年にはヴォワザン社の飛行機がケープタウンに輸入され、翌1909年12月28日には、イースト・ロンドンのケニルワース城でフランス人パイロット、M. キンメリングを招いての試験飛行も行われました。これが、南ア域内における動力飛行の最初となります。

 その後、主要都市近郊での試験飛行を経て、南ア連邦創設後の1911年12月27日、最初の航空郵便(試験飛行)が行われます。この時のルートは、ケープタウンのケニルワース競馬場からミューゼンバーグのオールダム競技場までの13km で、イヴリン・フレデリック・ドライヴァーの操縦する単葉機が7分半でエアメールを運びました。

 連邦域内で航空郵便が定期的に行われるようになったのは1919年のことで、1925年には今回ご紹介の航空切手も発行されました。ちなみに、海外向けの航空郵便の開始は1932年のことです。

 なお、今回ご紹介の切手が使われていた頃の南ア連邦、特にケープタウンとその近郊のようすについては、拙著『喜望峰』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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