内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の国々:ギニアビサウ
2016-12-27 Tue 09:38
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年12月21日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はギニアビサウの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ギニアビサウ・ボラマ島の女性

 これは、ポルトガル領ギニア時代の1948年に発行された、先住民の女性を描く切手です。ポルトガル領ギニアでは、1948年に現地の風俗などを題材とした普通切手のセットを発行していますが、その中でも、この切手は個人的にお気に入りの1枚なので、持ってきてみました。

 西アフリカにおけるポルトガルの植民地は、1444年、ポルトガル人のディアゴ・ディアスがアフリカ大陸西端のヴェルデ岬(カーボヴェルデ)から500kmほど沖合の島々を“発見”したことに始まり、その後、西アフリカの沿岸部にも拡大します。それらは一括して“ポルトガル領カーボヴェルデ”と呼ばれていました。

 その首府は、1558-1697年は大陸のカシェウに置かれていましたが、その後、1770年まではサンティアゴ島のリベイラ・グランデ(現シダーデ・ヴェーリャ)が、1879年までは同島のブライアが首府となっていたことが示すように、あくまでも、植民地経営の中心は大西洋上の島々にありました。

 ところで、1659年、セネガル川河口の中洲にサン・ルイ商館を建設して以来、フランスは西アフリカのセネガンビア地域(現在のセネガルおよびガンビア国家に相当する領域)に進出します。

 これに対して、1792年、英国はフランスの西アフリカ権益に打撃を与えるべく、ジェバ川およびグランデ川の河口沖合に位置するビジャゴ諸島のボラマ島に上陸したものの、定住には至りませんでした。その後も、1794年と1814年に英国人はボラマ島に上陸し、定住の拠点を築こうとして失敗しています。

 これに対して、アフリカ大陸側のビサウやカシェウを大西洋貿易の拠点としていたポルトガルは英国の進出に危機感を抱き、1830年、ボラマ島の領有を宣言。しかし、英国はこれを認めず、ポルトガルとの間で領有権争いが発生します。

 さらに、1860年、英国はボラマ島の英領シエラレオネへの併合を宣言したため、ポルトガルがこれに猛抗議し、軍事衝突の危険が高まりました。そこで、1870年、アメリカ大統領、ユリシーズ・グラントが仲裁に乗り出し、ボラマ島をポルトガル領とすることが正式に確定します。

 一連のイギリスとの対立を通じて、アフリカ大陸西岸の植民地防衛に不安を感じたポルトガルは、1879年、従来の“ポルトガル領カーボヴェルデ(現在のカーボヴェルデとギニアビサウをあわせた領域に相当)”からアフリカ大陸部分とその沿岸のビジャゴ諸島を分離して、“ポルトガル領ギニア”(現在のギニアビサウに相当する部分)を創設しました。

 ポルトガル領ギニアの最大都市はビサウでしたが、ポルトガルは、ボラマ島が自国領であることを示すため、あえて、ビサウではなく、ボラマをポルトガル領ギニアの首府としています。

 以後、ポルトガル当局は道路や港湾施設、金融機関など、ボラマのインフラ整備を進めるとともに、ここを拠点に、ビジャゴ諸島の他の島々でポルトガルの支配に抵抗していた先住民の鎮定を進め、1936年までかかって、同諸島に対するポルトガルの領有権を確定していきました。

 もっとも、ボラマ島内には淡水の水源がなく、ビサウから飲料水などを輸送する必要があり、島内での生活は非常に不便でした。そこで、ビジャゴ諸島の領有権が他国から侵される可能性がほぼなくなったことを確認したうえで、1941年、ポルトガル領ギニアの首府は、経済的な中心地のビサウに移されます。このことが、ポルトガル領ギニアが独立に際して、新国家の国名が“ギニアビサウ”となる要因となりました。

 さて、『世界の切手コレクション』12月21日号の「世界の国々」では、かつてポルトガル領ギアナの首都であったボラマ(島)についての長文コラムに加え、ビサウ教会、伝統的な織物のパノ、マングローブ林、ニシアフリカコビトワニの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、 「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回のギニアビサウの次は、24日に発売された2017年1月4日号でのチャドの特集(2回目)になります。こちらについては、発行日の1月4日以降、このブログでもご紹介する予定です。
 

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