内藤陽介 Yosuke NAITO
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 澳門で終夜の線香焚き禁止へ
2017-01-08 Sun 17:59
 マカオ政府文化局は、きのう(7日)、寺院の消防管理に関する対策会議を開催し、2017年1月28日の春節(農暦新年)以降、「寺院境内室内における終夜の線香焚きの禁止及び夜間の電源オフ必須化」を全面実施する方針を示しました。昨年(2016年)2月、媽閣廟の正覚禅林殿で照明器具のショートが原因とみられる火災が発生し、建物の大半が焼失したことを踏まえての措置だそうです。というわけで、実際に線香の煙たなびくマカオの寺院を取り上げたマテリアルをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      中国澳門・旧城壁印字切手FDC

 これは、2008年に中国澳門で発行された世界遺産切手のうち、舊城牆遺址(旧城壁)を取り上げた印字切手のFDCです。印字切手のデザインは大三巴(聖ポール天主堂跡)側から見た旧城壁を描いており、城壁の前には、同じく世界遺産に指定されている哪咤廟(ナーチャ廟)前の煙たなびく香炉を廃したデザインになっています。一方、マカオ郵政が制作したFDC用の封筒のカシェは、旧城壁の出入口を出たところから哪咤廟の香炉を描くデザインになっており、哪咤廟の軒先にぶら下がっている渦巻き線香もしっかり見えます。ちなみに、印字切手とほぼ同じ構図で見た実際の旧城壁と哪咤廟はこんな感じでした。

      澳門・旧城壁(実物)

 1569年にマカオに居住するようになって以来、ポルトガル人は何度となく、“海賊対策”の名目で城壁を築いてきましたが、そのたびに明朝から撤去を命ぜられてきました。

 しかし、1622年、オランダによる攻撃からマカオを貿易したことにより、明朝もポルトガルに対して城壁の建設を認めないわけにはいかなくなり、1632年までに、ポルトガル人は東望洋山(ギアの丘)から水坑尾街、モンテの丘を経て内港まで伸びる北側の城壁のみならず、半島南部にも城壁を築くことに成功しました。ちなみに、明朝が滅亡するのは、それから12年後の1644年のことです。

 こうして築かれたマカオの城壁でしたが、19世紀半ば以降、中国大陸から中国人が流入し、半島北部にまで市街地が広がったことで、かえって、域内交通にとっての障害となり、その多くが撤去されることになります。この結果、現在では、初期の城壁は大三巴の近くにごくわずか残るのみとなりました。この残った“旧城壁”が、現在の世界遺産の“舊城牆遺址”となります。

 一方、インドの神クベーラ(毘沙門天)の三男ナラクベーラがルーツとされる童子神、ナーチャは、道教では悪魔を退け災厄を払う神として人気があり、マカオの哪咤廟としては、大三巴南側の柿山に置かれたのが最初です。

 1888年、大三巴の周辺で疫病がはやったため、住民は疫病退散のために柿山の哪咤廟を大三巴近くに移転してほしいと頼んだものの、柿山はこれを拒否。このため、新たに作られたのが旧城壁前の哪咤廟で、大三巴と旧城壁と併せて、世界遺産に登録されました。

 なお、マカオの世界遺産については、拙著『マカオ紀行』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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