内藤陽介 Yosuke NAITO
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 出島に130年ぶりの橋
2017-02-27 Mon 21:18
 江戸時代、海外との貿易拠点だった長崎市の出島に、当時と同じように橋を渡って往来できるよう、きょう(27日)、およそ130年ぶりに新しい橋が架けられました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      オランダ・出島(2014)

 これは、2014年にオランダで発行された“日蘭友好”の記念切手のうち、1824年に出島出入絵師の川原慶賀が描いた出島の絵が取り上げられています。

 出島は、もともと、江戸幕府がポルトガル人を管理するため、長崎の有力者に命じて作らせた扇型の島で、1636年に完成。面積は約1.5 ha で、建設費銀200貫目(約4000両)については、門・橋・塀などは幕府が出資し、それ以外は25人の有力者(出島町人)が出資しました。

 1638年、島原の乱を鎮圧した幕府がカトリック諸国との関係断絶を真剣に考えるようになると、翌1639年、オランダ商館長のフランソワ・カロンはポルトガルとの関係の断絶を幕閣に訴え、オランダがポルトガルに代わって、日本が求める輸入品を確実に提供できると主張。その後、幕府はポルトガルとの関係を断絶しても経済的に支障がないことを確認したうえで、ポルトガル人を出島から退去させます。

 この結果、出島は無人状態となったため、出島築造の際に出資した出島町人の不満を抑えるべく、1641年、それまで平戸にあったオランダ商館が出島に移され、出島にはオランダ人が居住することになりました。

 以後、長崎には毎年2隻のオランダ船がバタヴィアからバンカ海峡、台湾海峡などを経て、7 - 8月ごろ来航し、その年の11-12月に帰路につくというスケジュールが定着。船の停泊中は出島には多くのオランダ人が滞在していましたが、それ以外の期間には商館長(カピタン)以下、出島に住んでいたオランダ人は15人前後で、いずれも、許可なく出島の外に出ることは禁じられていました。また、これとは別に、100人以上の日本人も出島で働いていました。

 ちなみに、1797年、ナポレオン戦争でオランダ本国がフランスに占領されると、1809年までに米国船がオランダ国旗を掲げて出島での貿易を行っています。また、ナポレオン戦争の影響で、オランダ本国がフランスに併合され、バタヴィアが英国の占領下に置かれていた期間は、オランダ本国から出島への連絡が途絶えたため、幕府が在留オランダ人に対して生活物資を提供。ナポレオン戦争後の1815年にネーデルランド王国が成立するまでの5年間は、出島のみが全世界で唯一オランダ国旗が翻る場所となっていました。

 1854年、マシュー・ペリーの再来航により日米和親条約が結ばれると、翌1855年、これに倣って日蘭和親条約が締結され、オランダ人の長崎市街への出入りが許可されます。これを受けて、1856年には出島開放令が発せられ、さらに1859年には、出島のオランダ商館も閉鎖され、海外貿易の窓口としての出島の機能は事実上、終了しました。

 明治維新後の出島は、中島川河口の工事によって島の北側部分が削られたことにくわえ、港湾改良工事により周辺が埋め立てられ、“島”ではなくなっていましたが、1951年以降、長崎市が復元整備を開始。1996年からは出島内の建物の復元も進められていました。

 かつて、出島唯一の出入り口だった橋は5m ほどの石橋ですが、現在、出島地区は国の史跡に指定されていることから土台工事ができないため、今回の新橋は、出島側に重さをかけずバランスをとる特殊な鉄製の橋となり、長さも38mになりました。今後、橋は床材を張り、手すりや照明を整備して、11月下旬には通行できるようになる予定だそうです。


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