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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 カストロが首相ではなかった頃
2006-08-03 Thu 00:54
 キューバの国家評議会議長、フィデル・カストロが腸の手術のため議長職を弟のラウル第1副議長に暫定委譲したそうです。というわけで、今日はこの1枚を持ってきました。

      キューバ・革命成就(1959)

 この切手は、1959年1月のキューバ革命後、革命政府が最初に発行した切手で、国旗を背にしたゲリラ兵士の姿が描かれています。

 バティスタ独立政権の打倒を目標とするカストロらの革命運動は1953年7月26日のモンカダ兵営襲撃事件から始まりました。事件はあっさり鎮圧され、逃げのびたカストロ本人も逮捕・投獄されてしまいます。しかし、襲撃事件に参加した若者に対する政府側の虐殺行為が明らかになるにつれ、国民の間に、しだいに反バティスタ気運が盛り上がり、カストロは釈放されてメキシコに亡命しました。

 その後、メキシコでのカストロは、反政府組織“7月26日運動(M26)”を組織し、1956年12月、キューバに再上陸。当初は圧倒的に不利な状況にありましたが、キューバ国内のさまざまな反バティスタ勢力に支えられ、各地の農村から集まってくる志願兵を受けいれるかたちで徐々に勢力を拡大。1959年1月、長年の独裁体制のツケですっかり国民の支持を失っていたバティスタの追放に成功しました。

 革命によって発足した臨時革命政府では、当初、バティスタ政権時代の教訓から、「軍人は政治には介入してはならない」としてシビリアン・コントロールの原則を守るため、カストロらゲリラの主要なメンバーは政府に参加せず、清廉の評価が高かった弁護士のミロ・カルドナが首相となり、判事のマヌエル・ウルティアが大統領に就任しました。

 もっとも、当初から、革命政府のなかで最も発言力を持っていたのがカストロらのゲリラ勢力であることは明らかで、彼らが名実ともに革命政権を掌握するのは時間の問題でした。はたして、昂揚した雰囲気の中で急進的な改革を求める革命勢力との対立から、1959年1月17日にはカルドナが就任わずか2週間あまりで辞任。7月にはウルティアも辞任に追い込まれます。この間、2月16日にカストロは首相に就任し、以後、今回の議長職の暫定移譲にいたるまで、47年以上に渡ってキューバの最高権力者として君臨し続けることになります。

 今回ご紹介している切手は、こうした状況の中で、カストロが首相に就任する以前の1月28日に“解放の日・1959年1月1日”の名目で発行されたものです。銃を掲げているゲリラ兵士は、特定の人物をモデルとしたものではないのですが、なんとなくカストロに雰囲気が似ているよう泣きがするのは僕だけでしょうか。

 なお、以前の記事でも書きましたが、革命当初のカストロは、必ずしもソ連型の社会主義国家の建設を志向していたわけではなく、あまりにも極端な富の偏在を是正する“改良主義”の立場に立っていました。しかし、カストロの“改良主義”の実現に際して革命政府が小作人への土地分与を掲げる土地改革と不正蓄財の没収を行ったことは、キューバの富を独占していたアメリカ資本をいたく刺激し、アメリカはカストロ政権を“アカ”とみなして、その転覆を企てることになります。そして、そのことが、結果的に、アメリカの“敵の敵”であるソ連とキューバの接近を招き、いわゆるキューバ危機につながっていくことになるのです。

 この辺の事情とキューバの切手に関しては、去年刊行した拙著『反米の世界史』でもまとめてみましたので、ご興味をお持ちの方は、是非、ご一読いただけると幸いです。
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この記事のコメント
#260 キューバのハバナ印刷局
1975年にラオス王国が共産化すると、それまでパリ印刷局(Government Printing Works,Paris)で切手を印刷していましたが、(多分)自国印刷を経て、1981年から1994年まではキューバのハバナ印刷局(The National Printing Works,Havana,Cuba)で主に印刷してます。その後、いったん(多分)自国印刷に戻り、1998年からタイの上場企業Thai British Securuty Printing Co.,Ltd.で印刷してます。この会社は民間のくせにタイのパスポートを独占的に印刷してます。日本人でもこの会社の株を購入したいと思ったらタイくれば簡単に購入できます。
2006-08-03 Thu 12:01 | URL | hillsidecnx #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#261 追伸
(多分)自国印刷>ここのところはっきりしません。どなたかご教授いただければ幸いです。
2006-08-03 Thu 12:03 | URL | hillsidecnx #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 hillsidecnx様
 手元にあるラオス切手のカタログSuohadej SUKSANTISWADのLaos Stamps Catalogue 1951-2001によると、1977年以降の切手の大半はキューバもしくはベトナムで印刷されたとの記述があります。この記述が正しいとすると、一時期のラオス切手はベトナムで印刷されたと考えるのが自然なように思うのですが…。まぁ、正確なところはわからないのですが、ご参考までに。
2006-08-07 Mon 00:46 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#265
内藤先生
すみません。私もその本を参考にしてました。
2ページ目ですね。記述確認いたしました。
2006-08-07 Mon 09:46 | URL | hillsidecnx #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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