内藤陽介 Yosuke NAITO
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 戦艦「加賀」進水式の絵葉書
2017-03-24 Fri 23:18
 おととい(22日)就役した海上自衛隊最大の護衛艦「かが」について、きのう(23日)、中国外務省の華春瑩報道官が「(旧日本海軍の空母)加賀は第二次大戦中、米軍に撃沈された。日本は歴史の教訓をくみ取るべきだ。加賀の再現は、軍国主義の復活を意図しているのではないことを希望する」とコメントしたそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      戦艦『加賀」進水式絵葉書

 これは、1921年の戦艦「加賀」の進水式の記念絵葉書に切手を貼り、記念の印を押した記念品です。

 加賀は日本海軍が計画した“八八艦隊”の1隻が建造が計画されたもので、1919年1月、川崎造船所に建造が命じられました。起工は1920年7月19日で、1921年11月17日、大正天皇の名代として伏見宮博恭王以下、10万人ともいう観衆が見守る中で進水式が行われました。今回ご紹介の葉書は、この時に作られたものです。

 ところが、ワシントン海軍軍縮条約に従い、主力艦の保有数が制限されたため、建造計画は頓挫。重防備ではあったものの低速であった加賀は廃が決定され、同型艦の「土佐」が豊後水道にて射撃実験の標的として使用されたのに続き、同様の処分が行われるのを待つばかりとなっていました。

 しかし、1923年9月1日に関東大震災が発生。横須賀海軍工廠で改装中だった「天城」が大破したため、急遽、その代替として加賀は空母へ改造することとなり、同年12月13日、横須賀海軍工廠で空母への改装工事が開始。1928年に空母として竣工しました。

 その後、加賀は1932年1月の(第1次)上海事変に出動した後、1933-35年、佐世保鎮守府での大改装を経て、1937年に始まる支那事変(日中戦争)では南京、広東爆撃に参加しました。

 大東亜戦争では、1941年12月8日の真珠湾攻撃に参加したのを皮切りに、ラバウル攻撃、ポートダーウィン攻撃、 ジャワ島南方での米艦船攻撃 等に参加しましたが、、1942年6月のミッドウェー海戦で敵の爆弾3発を受け大破炎上し、沈没しました。

 ちなみに、海上自衛隊の護衛艦のうち、旧日本海軍の艦船と同じ艦名の船は今回の「かが」が初めてというわけではなく、これまでにも「いせ」、「ひゅうが」などの先例がありますが、それらをもってただちに“軍国主義の復活”というのはあまりにも短絡的でしょう。少なくとも、東シナ海で乱暴狼藉の限りを尽くしている国に“軍国主義”とは言われたくはないですな。

 まぁ、「いざというときには、ご自慢の空母(ということになっている鉄屑)遼寧でどうとでもなるんじゃないですか?」と件の報道官には訊いてみたいものです。

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