内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:春雨じゃ 濡れてまいろう
2017-04-20 Thu 06:20
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2017年4月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」は、今回はこの1点を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      文通週間・駅逓寮

 これは、1970年に発行された国際文通週間の切手で、三代広重の『東京府下名所尽』の中から「四日市駅逓寮」が取り上げられています。

 きょう(20日)は「雨が降り百穀を潤す」とされる二十四節季の“穀雨”ですが、毎年、この時季は春雨の日が多くなります。

 もともと、春雨は“はる”と“さめ”を意味する「春小雨」と書かれていましたが、なるほど、小ぬか雨とも呼ばれるだけあって、穀雨の頃の雨は雨粒が小さく、柔らかに降るイメージがありますね。

 芝居の月形半平太は、京・三条の宿を出るときに、馴染みの舞妓、雛菊から「月様、雨が…」と声を掛けられ、「春雨じゃ 濡れてまいろう」と応ずるのが定番です。半平太のような色男の口から出ると、何とも粋な雰囲気になる台詞ですが、国語学者の金田一晴彦に言わせると、「これは春の京都に多い霧雨なので、傘をさしたところで濡れてしまう」ということなのだとか。

 身もふたもない説明ですが、それなら、春雨の街角には傘を差す人と差さぬ人が同じくらい歩いている風景というのがあってもよさそうなもので、なにかないかと考えていて、ふと思いついたのが、今回ご紹介の切手に取り上げられている「四日市駅逓寮」だったわけです。

 『東京府下名所尽』は1874年5月に刊行された作品。“駅逓寮”は、明治4年3月1日(1871年4月20日)に日本の近代郵便が創業されたときの“駅逓司”が同年8月に昇格して生まれた組織で、切手に取り上げられた庁舎はこの絵が刊行される前月の1874年4月に完成したばかりでした。

 郵便創業当時、駅逓司(後に駅逓寮)と東京郵便役所(現在の中央郵便局に相当)は四日市、すなわち、現在の東京都中央区の江戸橋南詰付近に置かれていました。当初の駅逓司の建物は、旧幕府の老朽化した魚納屋役場を改造したもので、駅逓頭・前島密の机も押入れを改造した中に置かれているというありさまでした。

 その後、郵便事業の発展とともに、駅逓寮の局舎も近代的なものに改築する計画が持ち上がり、1874年4月30日、瓦葺き木造漆喰仕上げ二階建ての洋風建築が完成します。入口上部の切妻中央に設置された直径4尺の舶来時計は時を知らせ、文明開化のシンボルとして、東京名所の一つでした。ただし、この建物は1888年2月の火災で焼失。現在、その跡地には日本橋郵便局が建てられ、その正面玄関には“郵便発祥の地”と記された石碑がはめ込まれています。

 三代広重の作品を見ると、玄関脇に満開の桜の木が一本植わっています。さすがに、4月末の竣工時には桜は散っていたでしょうから、あるいは、建物の外観ができあがった時点で絵筆をとったのではないかと推測できます。

 往来には傘を差した人物が3人ほど歩いていますが、画面手前の丁髷と思しき男衆(1871年に断髪令が出された後も丁髷を結ったままの人は多く、8割が断髪するまでには10年近くが必要だったそうです)は傘を差していません。

 新国劇で『月形半平太』が初演され、「春雨じゃ~」の名台詞が生まれたのは1919年のことでしたから、丁髷の彼らは、雛菊・半平太の物語など知る由もなく、春雨に濡れて歩いていたということになります。

 穀雨が過ぎると、だんだんと雨量が多くなってきて、傘なしで雨中を歩くのはしんどくなってきますから、そうした点からも、やはり、この絵も4月末より少し早い穀雨の頃の風景と考えるのが妥当でしょう。

 ちなみに、年によって若干の差があるものの、今年を含め、穀雨はたいてい4月20日です。“郵政記念日”と同じ日というのは偶然でしょうが、三代広重が描いた駅逓寮の絵をみていると、彼がその場所にいたのは、まさに穀雨の4月20日でなかったかと、ついつい根拠もないままに想像してみたくなるのでした。


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