内藤陽介 Yosuke NAITO
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 レバノンの国軍
2006-08-07 Mon 00:34
 8月2日の記事に関連して、hillsidecnxさんから「ところで、”レバノン政府の正規軍”というものは今何をしてるんでしょうかね?」という書き込みをいただきました。そこで、ちょっと遅くなりましたが、こんな切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

レバノンの兵士

 これは、レバノンが独立26周年を記念して発行した切手で、国旗を掲げて行軍するレバノン国軍(正規軍)の兵士たちが取り上げられています。

 レバノンも独立国家ですから、当然のことながら、防衛力としての軍隊を持っています。

 もともと、さまざまな宗派がモザイクのように入り組んでいるレバノンでは、“宗派体制”といって、各宗派ごとにポストや予算を按分するという体制が取られていました。たとえば、大統領はマロン派キリスト教徒、首相はスンナ派ムスリム(イスラム教徒)、国会議長はシーア派ムスリム、といった具合です。当然のことながら、軍隊の編成も宗派ごとの人口バランスに沿ったものとなっており、1960年代までは、それなりに国軍としての機能を果たしていました。今回ご紹介している切手はこのレバノン国軍の姿です。

 ところが、1970年に、それまでヨルダンを拠点にしていたPLOがヨルダン政府と対立してヨルダンを追われ、レバノン南部に進駐した頃から事情が徐々に変わってきます。

 もともと、決して強い軍隊ではなかったレバノン国軍に対して、“歴戦の勇士”で構成されているPLOの軍事部門は軍事面で優位に立っていましたので、PLOが進駐していたレバノン南部は、すぐに、実質的なPLOの占領地のような形になってしまいました。このため、レバノンの各宗派は、もともと“外部勢力”であったPLOの勢力がレバノンで影響力を拡大していくことを恐れ、PLOに対抗して民兵組織を結成。こうして、国内にさまざまな武装組織が並存することになったことで、各宗派間の対立が軍事紛争化したのが1975年に始まったレバノン内戦の基本的な構図です。

 内戦が本格化すると、国軍の兵士たちの中には脱走して自分の宗派の民兵組織に参加してしまう者が続出。この結果、国軍は急速に衰退していきます。じっさい、イスラエルの攻撃により、PLOがベイルートからの撤退に追い込まれた1982年8月の時点では、国軍の兵力が約1万だったのに対して、レバノン国内には3万のシリア軍が駐留していたほか、シリアの支援を得ているパレスチナ・ゲリラが数千人、イスラム左派民兵3~4千人、イスラム・ドルーズ派民兵が数千人などが存在しており、国軍だけで彼らを抑えることは実質的に不可能な状況にありました。

 こうした構造は、基本的にはシリア軍が撤退した現在でも同じで、国軍の力だけでは、シーア派組織であるヒズボラが抱えている強大な軍事力を押さえ込むことが出来ないのが実情です。このため、レバノンの安定化のためには、国軍そのものを強化し、最終的にはヒズボラの兵力を吸収することが必要なのですが、それを実現するのはかなり困難だろうというのが、大方の見方のようです。
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この記事のコメント
#264
内藤先生
なるほど、レバノンが”モザイク国家”といわれる意味がよくわかりました。ありがとうございます。
2006-08-07 Mon 09:41 | URL | hillsidecnx #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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