内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:いずれあやめか かきつばた
2017-05-11 Thu 18:33
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2017年5月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」は、今回はこの1点を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      あやめの衣

 これは、1982年8月5日、近代美術シリーズ第13集の1枚で、岡田三郎助の「あやめの衣」が取り上げられています。

 『太平記』には、鵺を退治した源頼政が近衛院に謁見する場面があります。

 近衛院は、褒美として、宮中随一の美女として誉れの高かった“菖蒲前”を頼政に賜るとのこと。ただし、日が落ちかけて少し暗くなってきた中で、菖蒲前と別の美人12人に同じ格好をさせて頼政の前に並べ、頼政がみごと菖蒲前を当てることができれば…という条件を付けました。

 美女たちを目の前にした頼政は、誰が菖蒲前かわからなかったので、次のような1首を詠みました。

 五月雨に沢べのまこも水たえていづれあやめと引きぞわづらふ(大意:五月雨が降り続いて沼の石垣から水があふれ出し、草もすっかり埋もれてしまって、どこに菖蒲があるのか、それを引くのさえ思い悩む)
 
 当意即妙な歌に感心した近衛院は、そのまま、頼政に菖蒲前を妻とすることを許しました。これが「いずれあやめ」の語源ですが、後に、あやめとよく似た燕子花と組み合わせて、甲乙つけがたい美女たちを「いずれあやめかかきつばた」という表現が広く使われるようになったのといわれています。

 美女のシンボルとしての菖蒲の花といえば、今回ご紹介の切手に取り上げられた「あやめの衣」を思い出す人も多いのではないでしょうか。

 「あやめの衣」は、1927年、第12回本郷絵画展に出品された作品。池水に見立てた明るい藍地に浮き上がる花模様と、帯状に朱赤を配した衣が、きめ細やかで柔らかな女性の背中から滑り落ちてきそうな光景が切り取られています。

 モデルの女性は、後に北村美術モデル紹介所を設立した北村久だったともいわれていますが、1915年生まれの彼女は、この絵が描かれた当時、わずか12歳。この年齢で、これほどまでに色香が匂い立つというのは尋常ではありません。そこには、彼女の素質ももちろんあったのでしょううが、やはり、岡田の画力によるところが大きいのでしょう。

 現在、この絵はポーラ美術館の所蔵品になっていますが、ながらく、キャバレー・ハリウッドなどの飲食店を手広く経営し、“キャバレー太郎”として知られた福富太郎が所有していました。

 商売柄、文字通り、“いずれあやめかかきつばた”の美女たちに囲まれて生活していた福富は、某銀行の役員室に飾られたこの絵を気に入り、拝み倒してこの絵を5000万円で入手。その後、「あやめの衣」は美人画を中心とする福富コレクションの白眉となっていましたが、ある年、本業で約2億1000万円の赤字を出してしまい、ポーラ化粧品の鈴木常司に売却しました。ちなみに、その金額は2億5000万円。中間決算では会社の赤字を埋めてお釣りが来たそうです。

 ところで、菖蒲と燕子花に花菖蒲を加え、よく似た三種の花の見分け方を紹介する書物等は多いのですが、それによると、菖蒲が乾燥地に生えるのに対して、燕子花は水湿地に、花菖蒲はその中間くらいの場所に生えるとのこと。また、菖蒲の葉が細く葉脈が目立たないのに対して、花菖蒲は葉脈がハッキリしており、燕子花の葉は幅広で葉脈が目立たないのが特徴です。

 そのことを頭において、もういちど「あやめの衣」を見てみると、着物の図柄は、菖蒲を謳っていながら、藍地の水湿地の中で、葉脈もしっかりと見えるから、着物を作った職人は花菖蒲のつもりだったのではないかと考えられます。

 もっとも、画壇の巨匠、岡田三郎助でさえ、菖蒲と花菖蒲を見誤ったというのであれば、それこそまさに“いずれあやめかかきつばた”を地で行くエピソードといえるのかもしれません。
 

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