内藤陽介 Yosuke NAITO
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 栄螺は“新種”だった
2017-05-20 Sat 12:23
 岡山大学は、きのう(19日)、同大の福田宏准教授が、日本で広く知られている貝類の栄螺は学名のない“新種”であったことを突き止め、新たに“Turbo sazae(トゥルボ・サザエ)”と命名したことを発表しました。というわけで、きょうは栄螺の切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      さざえ

 これは、1967年7月25日、魚介シリーズの最後の1枚として発行された“さざえ”の切手です。

 この切手に関しては、発行を前にした1967年7月3日付『朝日新聞』朝刊社会面の「青鉛筆」と題するコラム欄には、次のような記事が掲載されています。

  ▽…「動物学的に明らかな誤り」「いや芸術として立派な作品」――この二十五日発売予定の郵政省の記念切手魚介シリーズ最終回の「サザエ」(十五円)をめぐって、動物学者と郵政省の間でひともんちゃく、▽…誤りを指摘したのは国立科学博物館動物第二研究室長の波部忠重さん(五二)。実物と比べるとサザエの二列のトゲがくっついている、トゲの裂け目が反対向き、フジツボの形がおかしい――と、同省に修正を求めた。▽…日本画の山口蓬春氏に生きた動物の姿を描いてもらった“芸術作品”だ。多少のデフォルメは覚悟のうえ。サザエに見えないわけではなし…」と同省。すでに二千四百万枚印刷して各郵便局へ発送ずみで、あくまで“芸術”でつっぱるそうだ。

 1966年から発行が開始された魚介シリーズ(切手発行当時の名称は“お魚シリーズ”)は、それまでにも世界各国で発行された魚介関連の切手とは一線を画し、日本独自の切手を作りたいという意気込みから、当代一流の日本画家に原画の制作が委嘱されました。ただし、画家の芸術作品は、必ずしも、生物学的に魚介類の生態を正しく表現するものではありませんでしたので、その点で、いくつかの切手に関しては“不正確”という批判が浴びせられましたが、今回ご紹介の“さざえ”もその1枚だったわけです。

 ちなみに、今回ご紹介の切手の原画を担当した山口蓬春は、1893年、北海道松前町生まれ。東京美術学校を卒業後、1924年、「秋二題」で帝展に初入選を果たし、以後、日展を中心に活動しました。伝統的日本画を探求する一方、西洋画の技法を取り入れるなどの新しい試みを実践し、独自の新日本画の世界を築き、1965年には文化勲章を受賞しました。また、皇居新宮殿の壁画「楓」を担当したほか、代表作の一つ「榻上の花」は1992年の趣味週間切手にも取り上げられています。1971年没。

 栄螺は日本、韓国沿岸の種と、中国南部沿岸の種(ナンカイサザエ)に大別され、とげの長さや並び方など外見で区別できます。ところが、1995年までは、両者は学問的には同一のものとして区別されておらず、日本の栄螺は、ながらく1786年に英国の博物学者が命名した“Turbo cornutus(トゥルボ・コーヌトス)”とされていました。

 そこで、福田宏准教授は、1786年から1995年までの欧州の文献を精査し、これまで“Turbo cornutus”と呼ばれていた貝のすべてが中国産のナンカイサザエであったことを明らかにしたうえで、日本沿岸の栄螺には正式な学名がないことを論証。日本沿岸の栄螺を“トゥルボ・サザエ”と命名し、これが16日発行の国際学術誌に掲載されて正式名になったわけです。

 これまで、約230年もの間、日本産の栄螺に学名がなかった理由としては、(1)英国人が中国から持ち帰った標本を中心に研究が進められた、(2)18世紀当時の日本はいわゆる“鎖国”の時代で、欧州人には日本産の栄螺は入手困難だった、(3)ネットが普及するまでは古い文献を網羅的に渉猟することが非常に難しかった、ことなどが挙げられています。

 今回の“発見”について、福田准教授は「すべてを疑い、うのみにせず一度検証することだと改めて感じた」と話しているそうですが、そのお言葉、あらためて肝に銘じておかねば…と思った次第です。


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この記事のコメント
#2443 管理人のみ閲覧できます
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2017-05-20 Sat 20:00 | | #[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2444 Re: 栄螺の切手
福田宏先生

おはようございます。内藤陽介です。
メッセージ拝受いたしました。

 こちらこそ、気軽に書いたブログの記事にご本人からメッセージを頂戴し、恐縮しております。

 いろいろご教示ありがとうございました。恥ずかしながら、「みたまき」は資料として完全にノーマークでしたので、大変勉強になりました。特に、「規約自体に『切手に描かれた図は命名法上は無効である』などといった条項を追加するかどうか、世界的な議論が必要になるかも知れないほどの事態です」との一文は、小生にとっては、非常に刺激的な文言で、今後の推移を見守りたいところです。

 とまれ、今後ともこれを機縁によろしくお付き合いください。なお、小生の連絡先は下記の通りです。

 〒130-0023 東京都墨田区立川4-5-11-401
 電話:03-6240-2118(FAX兼用) 携帯電話:090-4543-1235
 e-mail:y-naito@xk9.so-net.ne.jp

 貝類に関しては全くのど素人ですが、切手や郵便に関しては、何かしらお役にたてることもあるかもしれませんので、何かありましたら、お気軽にご連絡ください。

 以上、取り急ぎ用件のみにて失礼いたします。

 内藤陽介拝



> 初めまして、昨日ニュースになったサザエ新種論文の著者、岡山大の福田です。このたび、切手の記事を拝読して仰天しました。というのは、私の今回の論文でも、まさにこの切手に言及しているからです。
>
> 記事中で言及しておられる波部忠重先生はこの切手の絵に対して、「サザエとは大きく異なる新種である」と皮肉を込めて「新種ホウシュンサザエ Turbo yamaguchii」なる新たな学名を(もちろん冗談で)命名し、相模貝類同好会の機関誌「みたまき」第4号(1967)に寄稿しています。しかし、国際動物命名規約には「冗談でつけた学名は無効」などという条項はありませんので、Turbo yamaguchii Habe, 1967 もサザエの学名の歴史を回顧する上で上無視できず、拙著の中で触れざるをえませんでした。幸か不幸かTurbo yamaguchiiは命名規約の定める学名成立要件の一つ「1931年以降は手書きのコピーは不可」をクリアしていないので使用不能です(当時の「みたまき」は手書きの版下を印刷したものでした)が、その数年後には「みたまき」も活字印刷になったので、下手をすると(ほんの数年この切手の発行がずれていれば)、冗談・嫌味で付けた学名がサザエの万国共通の正式名称になるところでした。それどころか、国際動物命名規約では切手を刊行物と認めるかどうかの規定がいまだになく、恐らくこれは世界初のケースで、もしかしたら今後、規約自体に「切手に描かれた図は命名法上は無効である」などといった条項を追加するかどうか、世界的な議論が必要になるかも知れないほどの事態です。
>
> それにしても、波部先生が郵政省相手に批判を試み、それが朝日新聞にまで載っていたというのは、不勉強にして初めて知りました。とても貴重な情報で感激しました。波部先生は私は幼少時からお世話になったのでよく知っており、温厚な方でしたが、若い頃は激情型だったとの話も聞いており、これはそれを示すエピソードではないかと感慨深いです。
>
> よろしければ今回の拙著をお送りしたいので、そちらのメールアドレスをご教示願えませんでしょうか。よろしくお願いいたします。
>
> 福田 宏(岡山大学大学院環境生命科学研究科(農)水系保全学研究室)
2017-05-21 Sun 09:41 | URL | 内藤陽介 Yosuke NAITO #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#2445 ありがとうございます
ご返信ありがとうございました。さっそく拙著と、波部先生の記事を含む「みたまき」4号のpdfをメールでお送りさせていただきます。よろしくお願いします。福田
2017-05-21 Sun 16:48 | URL | 福田 宏 #63hmRibM[ 内容変更] | ∧top | under∨
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