内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 毎日新聞:謎の「虎の切手」
2017-05-25 Thu 18:19
 きのう(24日)付の毎日新聞夕刊2面で、今年3月1日に北朝鮮で発行された「槿域江山猛虎気像図(以下、猛虎気象図)」についての特集記事が掲載され、内藤もコメントを寄せました。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      毎日新聞夕刊(20170524)

 記事では、「猛虎気像図」の目打小型シートからトリミングされた切手が取り上げられていましたので、このブログでは、切手と同時に発行された絵入りはがきの画像をご紹介しつつ、「猛虎気象図」の切手・葉書について、新聞のコメントでは言い尽くせなかったことも含めて、僕なりに細かく解説してみようと思います。なお、葉書の印面部分は切手と同じデザインで目打状の印刷があり、絵面は「猛虎気像図」を大きく取り上げています。

      北朝鮮・虎地図葉書(2017・裏面)  北朝鮮・虎地図葉書(2017)

 さて、今回の切手・葉書に際しての北朝鮮の国営メディアである朝鮮中央通信は、以下のように説明しています。

 「槿域江山猛虎気像図」は朝鮮を占領して朝鮮人の姓名、言葉や文字までなくそうと狂奔する日帝に抵抗し、1920年代に朝鮮の地形学的特徴を勇猛なチョウセントラで象徴化して創作された。日帝は朝鮮地図をウサギに比喩して朝鮮民族をウサギのように軟弱、従順で飲み込むことのできる対象と解釈し、朝鮮人民の反日意識をくじこうと悪らつに企てた。しかし朝鮮人民は、地図の形を一つの地脈でつながった一つの国土、どんな猛獣が襲いかかっても戦って勝利する勇猛なトラで表現した。

 朝鮮中央通信の記事にある“朝鮮を占領して朝鮮人の姓名、言葉や文字までなくそうと狂奔する日帝”という一文は、明らかに歴史的事実と異なるのですが、そこのところは媒体が媒体なので、まぁご愛嬌ということで…。ちなみに、「猛虎気像図」は、1920年代に金台熙が制作した作品です。

 朝鮮半島をトラになぞらえるのは、崔南善が、大韓帝国時代の1908年に創刊した雑誌『少年』に、朝鮮半島を虎に見立てた絵を掲載したのが最初のこととされています。崔南善は、朝鮮の歴史家・詩人で、三一独立運動の際に独立宣言文を起草した人物ですので、トラの姿をした朝鮮半島という図には、朝鮮半島をウサギになぞらえる日本への反発が込められているという説明は、それなりに説得力のあるものではあります。
 
 ただし、朝鮮の伝統文化においてはトラは常に重要視されており、民画の題材にも盛んに取り上げられていますので、「猛虎気象図」も単純にそうした民画の伝統に従っただけという可能性も十分にあり、そこに明確な反日の意図が込められていたかどうかは、かなり微妙だと思います。

 なお、「猛虎気象図」では、虎の背骨を白塔大幹(白頭大山脈)に、胴体の縞を枝山脈になぞらえており、トラの姿全体で“統一朝鮮”のイメージにもなっていますから、三一運動の記念日に発行する題材としては、違和感はありません。

 一方、2017年は三一独立運動からは98周年という半端な年回りですので、切手発行のタイミングとしては、三一運動の周年記念という文脈で考えるよりも、かつて“長白山(朝鮮名:白頭山)の虎”と恐れられていた金日成の生誕105周年(4月15日)および金正日生誕75周年(2月16日)の文脈で考えた方がすっきりするのではないかと思います。

 すなわち、朝鮮儒学の文脈では、虎は孝と恩を知る動物として、父親の墓参に行く孝行息子を背に載せて運んだり、待墓(父母の喪中に墓の傍らに小屋を建て、そこで質素な生活をする風習)を行う者を守ったりするとされています。したがって、父祖に対する孝養のシンボルとしてのトラは、金日成・金正日への尊崇を忘れぬ最高指導者、金正恩というイメージ戦略の一環として、切手に取り上げられたという面もあるかもしれません。

 さらに、朝鮮王朝時代以来、虎は軍旗にも描かれてきたほか、韓国には猛虎部隊、白虎部隊等の部隊もありますので、金正恩政権がこうしたデザインの切手を発行することは、ミサイル実験を繰り返すのと同様、軍事強国を演出する意図を込めてのことであるのは間違いないでしょう。

 なお、少し気になったのですが、朝鮮の諺?には、「虎に噛まれても気をしっかり持ってさえいれば生きられる」というのがあり、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とセットで用いられるそうです。このあたりは、国際社会の懸念をよそに、核武装を進める北朝鮮の精神状態を、虎に仮託して表現したものといえるのかもしれません。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は1日! ★★★ 

 6月1日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第3回目が放送予定です。今回は、5月26-27日にG7サミットが行われるシチリアにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。
スポンサーサイト

別窓 | 北朝鮮:金正恩以降 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< G7サミット、きょう開幕 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  世界の国々:モザンビーク>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/