内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に見るソウルと韓国:巨済島
2017-05-30 Tue 12:14
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』5月19日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、文在寅新大統領の就任にあわせて、こんなモノをご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・巨済島風景印

 これは、文在寅大統領の出身地、巨済島の “巨済島捕虜収容所遺跡公園”の園内郵便局の風景印で、ヘルメットと兵士をかたどった園内のモニュメントが描かれています。

 巨済島は韓国南東部、南海中の島で、2010年に開通した巨加大橋を使えば、釜山中心部からは1時間ほどで往来できます。

 日本と朝鮮半島を結ぶ海上交通の要衝であることから、1275年の弘安の役では、日本に侵攻する高麗軍の基地として用いられたほか、16世紀末の文禄・慶長の役(壬辰倭乱)では日本軍の拠点となり、周辺海域は玉浦海戦、漆川梁海戦・閑山島海戦などの舞台となりました。

 1950年に朝鮮戦争が勃発すると、巨済島は後方基地となり、兵士の訓練所とあわせて捕虜収容所も置かれます。

 同年9月15日、マッカーサー率いる国連軍が仁川上陸作戦を成功させると、釜山付近まで侵攻していた北朝鮮の朝鮮人民軍は潰走。国連軍は9月28日にはソウルを奪還し、さらに余勢をかって38度線を越え、10月末には中朝国境の鴨緑江まで到達しました。

 これに対して、中国は「唇滅べば歯寒し」として北朝鮮を支えるための“人民志願軍”を派遣。ゲリラ戦に秀でていた中国側は人海戦術を展開し、波状攻撃を繰り返して国連軍を包囲分断。中国の参戦を予期していなかった国連軍は総崩れとなり、2週間ほどの間に、38度線以南まで後退を余儀なくされます。

 国連軍が撤退を始めると、その後を追って南へ逃れようとする北朝鮮の住民が続出。彼らは興南埠頭に集まり、南に向かう船を待ち続けました。

 韓国・国連軍は、彼ら自身が急遽撤収を迫られたこともあって、当初は避難民を輸送することを想定していませんでしたが、同胞を救出したいとの韓国側の強い要請により、12月15日から韓国・国連軍の輸送船と戦車揚陸艦が動員して避難民を輸送するための作戦が開始されます。

 なかでも、12月20日に興南に入港した米貨物船、メロディス・ヴィクトリー号は、定員1000人あまりのところ、搭載していた武器等の荷物をすべて下して1万4000人もの避難民を乗せたことで、“奇跡の船”として有名になりました。

 12月24日まで行なわれた興南撤収作戦では、韓国・国連軍の軍人10万5000人、避難民9万8000人が無事に脱出。メロディス・ヴィクトリー号も、25日、巨済島・長承浦の港に到着。当時の巨済島の人口は10万人弱で、軍関係者と捕虜収容所の捕虜を加えても17万3000人ほどでしたが、年末にかけて軍人・避難民あわせて15万人が一挙に押し寄せたことになります。なお、撤退作戦の一連の経緯は、2014年の韓国映画『国際市場であいましょう』の冒頭でも取り上げられていますので、ご存じの方も多いかもしれません。

 さて、15万人の避難民の中には、北朝鮮で公務員をしていたムン・ヨンヒョン、カン・ハンオク夫妻も含まれていました。

 巨済島に逃れてきたムン・ヨンヒョンは島内にあった捕虜収容所の労働者として働き、妻のカン・ハンオクは鶏卵の行商をして、ようやく最低限の糊口をしのいでいましたが、1953年1月24日、そうした2人の間に、2番目の子として生まれたのが、今回、新大統領に当選した文在寅でした。

 文在寅が生まれてから約半年後の7月27日、朝鮮戦争は休戦が成立しましたが、これに伴い、捕虜収容所は閉鎖され、ムン・ヨンヒョンは職を失いました。もともとギリギリだった一家の生活はさらに苦しくなりましたが、さらに、1955年と1957年には女の子が、1959年には男の子が生まれ、家族は7人に増えています。

 そこで、1959年、一家は生活の糧を求めて、巨済島に近い大都市の釜山(影島区瀛仙洞)に転居。以後、文在寅は釜山の南港小学校、慶南中学校、慶南高校に通うことになります。

 なお、巨済島の旧捕虜収容所跡は、休戦後、一部の建物を除いて取り壊されましたが、1983年に残存遺跡文化財の指定を受け、1999年に当時の収容所内を再現した遺跡館が開館、2002年には敷地面積1万坪の “巨済島捕虜収容所遺跡公園”が開園しました。また、公園の入口には、“奇跡の船”メロディス・ヴィクトリー号を再現した興南撤収作戦の記念碑も設置されていますが、将来的には、“文在寅大統領生誕の地”の記念碑が建てられるんでしょうかねぇ。

 なお、朝鮮戦争と関連の切手・郵便物については、拙著『朝鮮戦争』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” 次回 は1日! ★★★ 

 6月1日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第3回目が放送予定です。今回は、5月26-27日にG7サミットが行われたシチリアにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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この記事のコメント
#2446
こんにちは。文在寅氏には1949年生まれの姉がいますので、「家族は6人に増えています。」のところは7人の間違いですね。http://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/794131.html
2017-05-30 Tue 12:49 | URL | #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 ご指摘ありがとうございます。早速修正いたしました。
2017-05-30 Tue 13:11 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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