内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ベルリンから金沢へ
2006-08-11 Fri 01:11
 今日(8月11日)は、70年前のベルリン・オリンピックで、前畑秀子が女子平泳ぎ200mで優勝した日ですが、有名な「前畑ガンバレ」の実況放送にちなんで、“ガンバレの日”とされているそうです。

 というわけで、意外なところでベルリン・オリンピックとつながっている切手として、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

第2回国体

 これは、1947年10月に金沢で行われた第2回国体(国民体育大会)の記念切手です。

 1947年6月、国体にあわせて記念切手を発行することが決定された時点では、逓信省(当時)にはスポーツに関する資料がほとんどありませんでした。このため、作業は、8月23日、デザイナーたちが東京・神田の書店街をまわり、ベルリン・オリンピックの写真帳を購入するところからはじめられています。

 この写真帳と雑誌『アサヒカメラ』等をもとに、8月25日、ヨット・テニス・砲丸投げ(以上、加曾利鼎造が作成。以下、カッコ内は下図の作成者)・スタート(日置勝俊)・野球・テニス(久野實)・体操(渡邉三郎)・円盤投げ(吉田豊)の各図案の下図が作成されました。

 これに対して、8月9日に行われた全日本選手権水上競技会の400m自由形で古橋広之進(当時、日本大学在学中)が世界新記録を出したことから、切手には水泳を加えてほしいとの強い要望が地元から出されたことや、主催団体の大日本体育会(現・日本体育協会)からも女子の競技を加えてほしいとの希望が出されたことなどを踏まえて、最終的に、バレー、水泳(飛び込み)、ハードル、円盤投げの4種目を切手に取り上げることが決められました。

 これを受けて、9月3日、デザイナー達は大日本体育会に赴き、ロサンゼルス・オリンピックや明治神宮体育大会などの資料を借り受けて、原図の作成に取り掛かります。その過程で、女子バレーには適当な資料がなかったことから、これは男子競技に改められ、代わりに、水泳に女子が取り上げられることになりました。

 その際、水泳の図案については、飛び込みもしくはスタート場面が最適との判断から、ロサンゼルス・オリンピックの写真帳から飛び込みの場面を選んだうえで、2枚の写真を組合せ、方向を変えるなどの修正が施されています。また、ハードルもこの写真帳から題材がとられ、修正の上で原画が作成されました。これに対して、バレーボールは国内競技会の写真が元になっています。なお、円盤投げに関しては、ベルリン・オリンピックの写真を再現した当初の下図がそのまま用いられました。

 こうして、作られた切手に関しては、雑誌『郵趣』が「各オリンピツク寫眞帳から模寫して、臆面もなく切手にしたと云ふことは、誠と當局の資料不足と不勉強を物語るものである」として逓信省の姿勢を批判したほか、学生郵便切手会の機関誌『切手の友』にはモデルとなったアメリカ人選手からクレームがつかないかと心配する投書も寄せられましたが、一般には日本最初のスポーツ切手、しかも小型シート以外では世界初の田型連刷ということで、一般には好評を持って迎えられています。

 なお、この間の詳しい事情については、拙著『(解説・戦後記念切手Ⅰ)濫造・濫発の時代 1946-1952』にまとめていますので、ご興味をお持ちの方は是非、ご一読いただけると幸いです。

 PS 1952年以降1971年までの国体切手については、同じく<解説・戦後記念切手>シリーズの『ビードロ・写楽の時代 1952-1960』『切手バブルの時代 1961-1966』『一億総切手狂の時代 1966-1971』をご覧いただけると幸いです。1972年以降については、来年以降、逐次刊行予定の<解説・戦後記念切手>シリーズの続刊でまとめていくつもりです。
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