内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:国蝶論争
2017-06-17 Sat 09:16
 ご報告が遅くなりましたが、公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2017年6月号ができあがりました。僕の連載「切手歳時記」は、今回はこの1点を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      オオムラサキ(旧)

 日本の国蝶、オオムラサキの成虫は、年に1度、6-7月に発生します。1956年に発行の75円切手も、オオムラサキの季節に合わせ6月20日に発行されました。

 切手の発行当時の郵政省の説明では「国蝶としても恥ずかしくない風格を持ち」となっていましたが、実は、オオムラサキが正式に国蝶として決定されたのは、切手発行の翌年、1957年のことでした。

 もともと、国蝶の選定は日本政府によるものではなく、1933年、蝶類同好会のメンバーが集まった宴席での雑談で、“国蝶”を決めてはどうかという話題になったのが発端とされています。

 蝶類同好会は、“同好会”と銘打っていましたが、当時の日本の主な博物学者はほぼ全員が会員という本格的な組織で、九州帝国大学教授の江崎悌三が会長を務めていました。

 さて、件の宴席で、江崎は国蝶にはオオムラサキが相応しいと提案します。

 オオムラサキは日本で発見された蝶で、それゆえ、昆虫学者で近代養蚕学・製糸学を開拓した佐々木忠次郎にちなんで学名(属名)も“佐々木の~”を意味する“Sasakia”となっています。また、江崎は、佐々木門下の俊英として、日本の昆虫学を牽引した人物でした。

 宴席に居合わせた会員の多くは江崎の提案に賛同。後日、会報で会員に賛否を問うた上で、正式に国蝶を決定しようということでお開きになりました。

 ところが、江崎の提案が会報で報じられると、会員の結城次郎が真正面から異議を唱えます。

 結城は広島工業学校(現県立広島工業高校)の数学教師で、1936年6月21日、宮島でミヤジマトンボを発見し、その名を日本の昆虫(学)史に残すことになるのですが、江崎に論争を挑んだ1933年当時は無名のアマテュア研究家でした。

 結城は、国蝶の条件として、①日本全国に分布する、②小学校の教科書にも載っている、③飛び方が優雅である、という3点を挙げ、オオムラサキではなくナミアゲハこそが国蝶に相応しいと提案します。

 オオムラサキを国蝶にという江崎の提案の根拠がいまひとつ曖昧だったこともあり、以後、同好会はオオムラサキ派とナミアゲハ派に分れて激しい論争が巻き起こりました。論争は4年間も続き、最後は、会報上で相手陣営を罵倒しあうなど、殺伐たる雰囲気にりました。

 そこで、会員投票で決着させることになり、その結果、オオムラサキが78票を得て、2位のナミアゲハの35票を大きく引き離して1位となります。ところが、投票総数が過半数に達しなかったため、反オオムラサキ派は投票の無効を主張。そうこうしているうちに、本格的な戦争の時代が到来し、同好会は解散に追い込まれてしまいました。

 こうして、昆虫関係者の間で国蝶の話題がタブーとなっていたなかで、戦後の1954年、保育社から『原色日本蝶類図鑑』が刊行されます。同書の校閲は江崎が担当し、オオムラサキの項目には「国蝶として…」との文言がさりげなく付け加えられていました。

 今回ご紹介の75円切手の制作は、こうしたタイミングで行われたわけです。

 図案の制作を担当した久野実は、当初、天然記念物のミカドアゲハを取り上げるつもりだったようですが、蝶についての専門知識のなかったため、“蝶聖”との評判が高かった林慶に助言を求めます。

 その林は、戦前からの論争では、オオムラサキ派の急先鋒。林からすれば、久野が接触してきたのは、まさに「飛んで火にいる~」といったところだったでしょう。久野から相談を受けると切手の図案には“国蝶”のオオムラサキこそがふさわしいと力説しました。蝶に対する特段のこだわりがなかった久野も、林がそこまでいうのならと、オオムラサキの図案を制作し、“国蝶としても恥ずかしくない風格”の75円切手が世に出ることになりました。

 こうして、オオムラサキ派は、周到に“世論”を誘導し、郵政省の“お墨付き”も得たうえで、1957年の日本昆虫学会総会で、オオムラサキを国蝶とする緊急動議を抜き打ちで提出。これが通ったことで、オオムラサキは正式に国蝶としての地位を確立したのです。

 * 今回の記事の作成に際しては、主として、星野フサ「第21回談話会 国蝶オオムラサキ選定論争始末記(後援者:青山慎一 昆虫ボランティア)」(北海道大学総合博物館『ボランティア・ニュース』第23号:2011年12月 4頁)を参照しています。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” ★★★ 

 6月15日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」の第4回目は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は6月29日(木)16:05~の予定ですので、引き続き、よろしくお願いいたします。 

 なお、15日放送分につきましては、放送から1週間、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。

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