内藤陽介 Yosuke NAITO
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 マラウィ危機発生1ヶ月
2017-06-23 Fri 11:49
 5月23日、フィリピン・ミンダナオ島中部のマラウィ周辺で国軍とイスラム過激派との戦闘(マラウィ危機)が始まってから、きょう(23日)で1ヵ月となりました。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      フィリピン・イスラム伝来600年

 これは、1980年3月28日にフィリピンが発行した“イスラム伝来600年”の記念切手です。
 
 現在のフィリピン国家の領域にイスラムが伝来したのは、1380年 スールー諸島西端のタウィタウィ島にアラブのムスリムが到来したのが最初とされており(今回ご紹介の切手はここから起算して600年になるのを記念して発行されたものです)、これを機に先住民のイスラムへの改宗が進みました。

 1457年、イスラム王朝のスールー王国が成立。同王朝は、最盛期には、ミンダナオ島西部(サンボアンガ半島)からボルネオ島北部(現マレーシア・サバ州)、パラワン島までその支配は及んでおり、彼らの支配地域にはイスラムが定着しました。

 16世紀後半以降、現在のフィリピンの島々のうち、ミンダナオ島以外はスペインが征服しましたが、ミンダナオ島西部は19世紀後半までスペインの統制が及ばず、ムスリムのスルターン(地方君主)が実効支配する時代が長く続きます。そして、1878年にはスペイン=スールー王国条約が結ばれ、スールー王国はスペインの主権を認めることになりましたが、スペイン軍の駐屯地やサンボアンガやコタバトなどの都市部以外は、従来通り、スルターンの統治が維持されています。

 1898年の米西戦争の結果、スペインはミンダナオ島を含むフィリピンを放棄。その後、米国の支配に抵抗する米比戦争の時期には、ミンダナオ島のムスリムも武装蜂起しましたが、1910年代に米軍により制圧されました。以後、米支配下で、ミンダナオ島にもルソン島などからキリスト教徒の入植が進み、ミンダナオ島でもムスリムは少数派に転落していきます。

 1946年、フィリピン共和国が独立すると、フィリピン政府は新国家建設に際して、国民統合の象徴としてカトリックを強調しますが、ミンダナオ島を中心に、ムスリムはこれを“同化政策”として不満を募らせました。さらに、1965年に発足したマルコス政権がミンダナオ島へのキリスト教徒の移民を“奨励”したことへの反発から、1970年、フィリピンからの分離独立を求めるモロ民族解放戦線(MNLF)が結成され、フィリピン国軍との間の武力衝突が発生しました。ちなみに、“モロ”とは、フィリピンのスールー諸島・パラワン島・ミンダナオ島などの島に分布するムスリムの総称です。
  
 1976年、マルコス政権とMNLFとの間で、ミンダナオやスールー諸島の14州の自治を約束するトリボリ協定が締結されますが、この和平協定への対応を巡り、1977年、MNLFはミスアリ派(MNLF議長のヌル・ミスアリ率いる穏健派)とサラマト派(サラマト・ハシムを中心とする強硬派)等に分裂。さらに、1981年には、サラマト派が正式にMNLFを脱退し、モロ・イスラム解放戦線(MILF)を組織します。そして、反米の立場からリビアがMILFを支援するという構図が生まれました。

 1986年のピープル・パワー革命でマルコス政権が崩壊し、コラソン・アキノ政権が発足。アキノ政権は、ムスリムの自治を盛り込んだ新憲法を制定するなど宥和政策を推進し、1989年に成立した「自治基本法」では、ミンダナオでムスリム自治区の設立が決定されます。

 これを受けて、ミンダナオ島西部・南部一帯の州と市で“ムスリム・ミンダナオ自治地域(ARMM)”への加入の是非を問う住民投票が13州9市で行われ、賛成多数となったラナオ・デル・スル州、マギンダナオ州、スールー州、タウィタウィ州の4州で、1990年、ARMM(首府はコタバト)が発足しました。なお、ARMMには、2001年にマラウィ市とバシラン州(ただし、イサベラ市を除く)が追加加入しています。

 ARMMの発足に対して、MNLFは“不完全な自治”に反発し、武装闘争の継続を宣言しましたが、1993年、イスラム諸国会議機構の仲介でラモス政権とMNLFの間で暫定的な停戦合意が成立。和平交渉の末、1996年、ミンダナオ南部などの14州での暫定的な行政機関“南フィリピン和平開発評議会(SPCPD)”の設立やMNLF兵士の国軍統合、ミスアリをARMM知事選の与党候補とすること、教育制度や宗教に関する取り決めなどが合意されました。これに対して、あくまでもARMMへの参加を拒否する勢力はMNLFを脱し、MILFやアブ・サヤフに合流して、武装闘争を継続します。
 
 このうち、アブ・サヤフは、1991年、フィリピン人ムスリムでシリア、サウジに留学経験があり、アフガニスタンのムジャーヒディーン闘争に参加経験のあるアブドラガク・ジャンジャラーニがMNLFから分離して設立した組織で、組織名は、アフガニスタン・ムジャーヒディーン・イスラム同盟議長のアブドゥル・ラスル・サイヤフに由来しています。設立の目的は、ミンダナオ島周辺のイスラム社会をキリスト教徒中心のフィリピンから独立させることで、設立資金はウサーマ・ビン・ラーディンから渡され、アル・カーイダのラムジ・ユセフなどから軍事援助を受けていたとされています。

 その後、1997年には、MILFとフィリピン政府の間で和平協定が成立しますが、2000年、エストラーダ大統領がこれを破棄したことで、MILFはフィリピン政府に対する“ジハード”を宣言。マニラを含むフィリピン各地でテロが頻発し、急速な治安悪化の責任をとって、2001年1月、エストラーダ政権は退陣に追い込まれました。

 エストラーダ政権の後を継いで発足したアロヨ政権は、2001年9月の米国同時多発テロ後の国際的な反テロ気運を活用し、アブ・サヤフらイスラム系過激派のテロに対して、米軍を巻き込んでミンダナオ島などで掃討作戦を展開。これにより、アブ・サヤフは壊滅的な打撃を受けましたが、その後も、MILFの実効支配地域で、ジェマー・イスラミア(JI)メンバーから軍事訓練を受ける一方、暴力的イスラム改宗者組織“ラジャ・ソレイマン・イスラム運動(RSIM)”及びMILF強硬派と連携。2004年には、マニラ湾コレヒドール島近海で旅客船スーパーフェリー14を爆破し、死者・行方不明者116名という、フィリピン史上最悪のテロ事件を引き起こしました。

 ただし、MILF主流派は、2003年に創設者のサラマト・ハシムが亡くなってから徐々に穏健化。2012年10月には、フィリピン政府とミンダナオ和平に関する「枠組み合意」に署名し、2014年3月には包括和平協定に調印しましたが、和平に反対のアブ・サヤフ、バンサモロ・イスラム自由戦士(BIFF。MILF強硬派司令官アメリル・ウンブラ・カトが2010年、MILFを脱退して設立)、マウテ(2012年、アブドゥッラーとオマルのマウテ兄弟が“ダウラ・イスラミヤ”として設立)などは2014年頃からダーイシュの影響下に入ることで勢力を維持・拡大。ここに、2010年にインドネシア政府の掃討攻撃を受けて大きな打撃を受けたインドネシアのジェマー・イスラミア(JI。1993年、元アフガン義勇兵を中心に結成)の残党の一部がミンダナオに流入、合流しているとの報告もあります。

 こうした中で、2017年5月23日、アブ・サヤフ幹部のイスニロン・ハピロンがマラウィに潜伏しているとの情報を得たフィリピン国軍が、アジトへの奇襲攻撃を敢行するも失敗。これを機に、フィリピン国軍とアブ・サヤフ、地元テロ組織のマウテとの間で戦闘に発展し、ドゥテルテ大統領がミンダナオ島に戒厳令発令して、いわゆるマラウィ危機が発生しました。

 ミンダナオ島での戦闘は、ほぼマラウイ周辺に限定されているものの、軍によると死者は市民26人を含め360人、避難民も30万人にのぼっています。また、フィリピン空軍がマラウィ市内の一部に空爆を行うと、アブ・サヤフとマウテは市民を“人間の楯”にして抵抗しているだけでなく、彼らの実効支配地域では、極端な原理主義的政策による人権侵害も横行しています。

 フィリピン政府は米軍の支援も受けて鎮圧に躍起になっていますが、マラウィ周辺の内戦地域には、各地のテロ組織から“兵士”が流入していることもあって、事態の長期化に対して懸念が高まっています。

 なお、このあたりの事情については、22日配信の「チャンネルくらら」でもまとめてみましたので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は29日!★★★ 

 6月29日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第5回目が放送予定です。今回は、7月1日の香港“返還”20周年を前に、香港にスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

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