内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に描かれたソウル:跆拳道
2017-06-24 Sat 08:34
 『東洋経済日報』6月23日号が発行されました。月一で同紙に僕が連載している「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、本日(24日)から茂朱で開幕の世界跆拳道(テコンドー)選手権大会にちなんで、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・世界跆拳道選手権(2017)

 これは、今回の世界跆拳道選手権に先立ち、6月16日に韓国が発行した大会の記念切手です。

 跆拳道については、高句麗時代の壁画に跆拳道の型と似たような姿勢をとる人物が見られることから、韓国などでは、その歴史は2000年前にまでさかのぼると主張する人もありますが、これはいささか牽強付会な説で、実際には、解放後、近代スポーツとして体系化されたと考えるのが妥当です。

 すなわち、日本統治時代に学徒出陣した崔泓熙は、1946年に軍事英語学校(現韓国陸軍士官学校)を卒業し、陸軍少尉として、武術を教えはじめました。

 崔は、日本統治時代の1918年、北朝鮮・咸鏡北道に生まれ、少年時代に朝鮮の伝統的な武芸であるテッキョンに親しんだほか、青年時代には日本に渡り京都で空手を学んでいます。その経験を活かして、陸軍の武術教官となった崔は、解放後の祖国にふさわしい、民族独自の新しい武道を考案すべく研究し、テッキョンや空手をベースに、1954年までに、新しい武道の基礎的な技術を完成。この武道は、1955年、正式に“跆拳道”と命名され、1959年には崔が主催していた“大韓空手道協会”も“大韓跆拳道協会”に改称されました。ちなみに、跆拳道の“跆”は、踏む、跳ぶ、蹴る、という足技を、“拳”は、突く、叩く、受ける、などの手技を、“道”は、礼に始まり礼に終わる人の道、精神を表しているとされています。

 その後も崔は陸軍の将官として勤務していましたが、1962年、陸軍を退役し、マレーシア大使に転出。これが跆拳道国際化の端緒となりました。

 崔は1964年に韓国に帰国しますが、1966年、跆拳道のさらなる国際化を目指して、ソウルに本部を置く“国際跆拳道連盟(ITF)”を設立し、自ら総裁に就任。しかし、当時の韓国の武道家の中には崔の創設した跆拳道が脚光を浴びることや跆拳道の国際化に不満を持つ者も多く、同年、崔は内部対立から協会の会長を辞任に追い込まれてしまいます。

 さらに、世界跆拳道本部総本部道場国技院が設立された1973年、崔は東ベルリン事件(東ベルリンの北朝鮮大使館と接触した韓国人が一斉摘発された事件)への関与が疑われ、カナダへの亡命を余儀なくされました。

 これに伴い、ITFの本部もカナダ・トロントに移されたため、同年、韓国内ではソウルに本部を置く“世界跆拳道連盟(WTF)”が設立され、跆拳道の国際団体が並立する状況が生まれました。

 その後、1973年にはWTFがソウルで第1回世界大会を開催すると、翌1974年にはITFも第1回世界大会を開催するなど、両団体の競合が続きます。さらに、1980年、IOC総会が韓国公認の国際組織としてWTFと跆拳道種目を承認すると、同年10月、ITFは北朝鮮への跆拳道の普及を開始。以後、跆拳道はITFを通じて(旧)東側諸国に急速に広まり、ITFの運営に北朝鮮の関係者も深く関与していくことになるのです。

 2002年6月、「生涯の最後は故郷で終えたい」と述べた崔は北朝鮮に入国し、現地で死亡。すると、彼の「遺言」を根拠に、北朝鮮国籍のIOC理事、張雄が臨時特別総会でITF総裁に選出されます。しかし、これに反発する旧来の韓国系師範は、北朝鮮での新総裁選出はITF憲章に違反しているとして、従来の規則通りの定期総会で選出されたトラン・トリュウ・クァン8段師賢(カナダ国籍)を総裁とし、張雄派と袂を分かちました。また、これとは別に、崔泓熙の息子、崔重華を総裁とする分派もあり、現在のITFは3派に分裂しています。

 さて、今回の世界選手権では、そうしたITF3派のうち、北朝鮮が主導権を握る張雄派の張雄国際オリンピック委員会(IOC)委員・国際跆拳道連盟(ITF)名誉総裁、李勇鮮ITF総裁ら32人が10年ぶりに訪韓し、演武を行うことになっています。韓国内では、彼らの訪韓は、文在寅政権発足後、初の南北スポーツ交流として大きく報じられています。

 親北姿勢が鮮明な文在寅政権としては、まず、韓国内の北朝鮮に対する反発・反感を和らげるため、“朝鮮民族”のアイデンティティを強調するプロパガンダ攻勢を展開していくのは当然の措置なわけで、その文脈からすると、“国技”である跆拳道の国際大会は南北スポーツ交流の場として格好の機会といえます。

 実際、今回の大会開催じたいは朴槿惠政権時代に決まっていたことですが、韓国政府高官によれば、北朝鮮選手団の訪韓は「WTFの招請を北朝鮮が受け入れる形で、すでに1ヵ月以上前に決まったこと」なのだそうです。政府高官の発言が、“前政権の時代から”ではなく、あえて“1ヵ月以上前から”となっているのは、5月10日の文在寅政権発足当初から話が具体的に動き始めたことを意味していると理解するのが自然でしょう。また、ITF3派のうち、最大の会員数を擁するのはトラン派ですが、報道などではその存在は意識的に無視されており、北朝鮮が主導権を握っている張雄派を“ITF”として紹介しているあたりにも、政治的な意図が滲み出ているのは明らかです。ちなみに、今回の北朝鮮演武団の航空運賃や宿泊費などの“滞在費”は、韓国側の南北協力基金から約7000万ウォン(約684万円)が支給されており、文在寅政権の考える“南北交流”の性格を考えるうえで、きわめて示唆的なものとなっています。

 さらに、今月20日には、韓国の都鍾煥・文化体育観光相が、来年2月の平昌冬季五輪について、北朝鮮の馬息嶺スキー場の利用や韓国が出場権を得た女子アイスホッケーの南北単一チームの結成、聖火リレーの北朝鮮通過などについて検討する考えを示しており、今回の世界跆拳道選手権にあわせて訪韓しているIOCのバッハ会長も交えて、北朝鮮の平昌五輪への関与について協議したいとの考えを示しています。冬季五輪の競技の一部を北朝鮮内の会場で行うというプランは非現実的ですが、南北単一チームの結成や聖火リレーの北朝鮮通過などはありえない話でもありませんし、仮に、それが実現しなかったとしても、民族アイデンティティを強調することで、北朝鮮に対する宥和的な世論を盛り上げることができれば、文政権としては、最低限の目的は達したことになるとの自己評価を下すことになるでしょう。

 いずれにせよ、もともとは朴槿惠前大統領が引退の花道に利用するための政治ショウとして企画された平昌五輪ですが、親北派の文在寅政権の登場により、その意味付けが根本的に変質したことは間違いないわけで、今後の推移にも注目していきたいところです。

 なお、このあたりの事情については、文在寅政権の発足に合わせて5月11日に配信した「チャンネルくらら」も併せてご覧いただけると幸いです。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は29日!★★★ 

 6月29日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第5回目が放送予定です。今回は、7月1日の香港“返還”20周年を前に、香港にスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

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