内藤陽介 Yosuke NAITO
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 龍と雷
2006-08-13 Sun 01:31
 昨日(12日)の東京は、山手線もストップしてしまうほどのひどい雷雨に見舞われました。僕は、街中を歩いていて、突如襲ってきた雷雨にぶつかってひどい目に遭いましたが、悔しいので、その後会った友人には「どうだ、水も滴るいい男だろ」と強がってみました。まぁ、雷の多い年は稲が豊作だともいわれているようですから、それはそれで良しとしないといけないのでしょう。

 というわけで、雷がらみの切手ということで、今日はこんな1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

龍500文

 これは、いわずと知れた、1871年4月20日に発行された日本最初の切手“龍文切手”のうちの500文切手です。別に、他の額面のモノを持ってきても良かったのですが、100文は以前この記事で取り上げたこともありますし、200文もこの記事でカバーを紹介したこともありますので、ダブりを避けて、今日は500文にしたという次第です。

 さて、今日の主役は、切手の名前の由来になっている龍ではなくって、切手の周りにめぐらされているラーメン丼のマークのような文様です。

 この文様は、一般に古代中国で雷を図案化したものいわれており、それゆえ“雷紋”と呼ばれています。文様の一つずつは“□(四角)”で囲われた構成になっているため、その口の中に鬼や悪魔が来ても、雷紋で囲われた内側には入ってこられないということから、“魔よけ”の意味が込められているのだそうです。

 中国では古代の青銅器などにも使われていた文様ですが、日本へはまず有田に伝わり、江戸時代以降、そこから全国へと波及しました。ちなみに、ラーメン丼に広く使われるようになったのは、第二次大戦後のことです。

 一方、切手の中心的な題材である龍ですが、その位置づけは中国と日本では大いに異なっています。

 中国では完成した龍の姿は、帝王を象徴するものとされ、その姿は、宮殿、玉座、衣服、器物などに描かれていたのですが、これに対して、古代の日本では、中国から伝えられた“龍”は、四神の白虎、朱雀、玄武とともに、まず青龍が重要視され、都城の守護神として位置づけられていました。平安時代以降、仏教が全国民的な規模で広まると、仏法の龍が尊重されるようになり、龍は武具や寺院建築、仏具の装飾を飾るキャラクターとして定着していきますが、中国のように“聖獣”視されることはほとんどありませんでした。

 その後も、龍は法華信仰と結びつき、龍神ないしは龍王として、農業にとって重要な雨を司る存在として位置づけられるようになります。実際、江戸時代の日本人にとっての龍は、ヤモリやトカゲ、ヘビなどと同レベルの動物とみなされており、刺青の題材としても好んで用いられていました。

 それゆえ、豊作の暗示させる雷と龍という組み合わせは、明治初年の日本人にとっては、ごくごく自然なものだったと考えるのが自然なようです。

 なお、龍が日本最初の切手に取り上げられることになった背景事情については、去年刊行した拙著『皇室切手』でも詳しくまとめてみましたので、ご興味をお持ちの方は、是非、ご一読いただけると幸いです。
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