内藤陽介 Yosuke NAITO
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 岩のドームの郵便学(53)
2017-08-19 Sat 11:38
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』652号が先月25日に配信となりました。僕の連載「岩のドームの郵便学」では、今回は、1990年年代後半のイラクについて取り上げました。その記事の中から、この1点です。(画像はクリックで拡大されます)

      イラク・礼拝するフセイン(2000)

 これは、2000年2月、イラクが“ヒッティーンの戦い”をテーマに発行した切手のうち、岩のドームを背に礼拝するサッダーム・フサインの姿を取り上げた1枚です。

 1990年代後半、パレスチナ自治政府がイスラエルへの配慮から、岩のドームの切手をほとんど発行しなかったのに対して、岩のドームをしばしば切手に取り上げていたのが、イラクでした。

 湾岸戦争後間もない時期のイラクは、戦争による打撃に加え、国連の経済封鎖クウェイト侵攻から4日後の1990年8月6日に安保理で採択されたもので、この時点では、イラク国内の非人道的行為の停止を含む全ての停戦決議の履行がない限り、イラクに対するいっさいの輸出入を禁止)によって、経済的にどん底の状態にありました。

 しかし、1995年頃から、イラクをめぐる国際世論の風向きは徐々に変わり始めます。国連によるイラクへの経済制裁に対して、イラクのみならず、諸外国から不満の声が高まっていったためです。

 そもそも、湾岸戦争の直前でさえ食糧自給率が3割程度しかなかったイラクに対して、食糧を含む輸出入を禁ずることに対しては、経済制裁が開始された当初から、人道上の理由で反対する声が欧米でも少なくありませんでした。また、潜在的な域内大国であるイラクとの経済関係を遮断することは周辺諸国にとって多大な経済的犠牲を強いることになりました。さらに、産油国イラクとの交易再開を求める声は、終戦から3年以上経過すると、西側諸国の間でも無視できないものとなっていましたし、戦争被害に対する補償や国連自身のイラクでの活動に必要な資金をまかなうためにも、イラクに一定の石油を輸出させ、その代金を活用すべきだという案は国連にとっても魅力的なものでした。

 その結果、1995年4月、半年間に20億ドルを越えない範囲での石油輸出を許可し、食糧・医薬品などの人道物資の輸入を認めるという国連安保理決議986号が採択されます。当初、イラク側は、経済制裁の完全解除を求めて同決議を拒絶しましたが、1996年に入ってこれを受諾し、同年12月から原油の輸出を再開しました。

 その後、イラクは、ロシア、フランス、中国を味方につけて国連との交渉を有利に進め、その結果、イラクに対する経済制裁は次第に有名無実化。石油輸出の上限が廃止された1999年以降、イラクは実質的に国際経済への復帰に成功しました。

 こうした情況の好転に伴い、イラク切手の題材も国際社会に対するルサンチマンを表明するものから、独裁者としてのサッダーム・フサインに対する個人崇拝を国民に浸透させるための内向きのメディアへと性格を変質させていくことになります。

 その一環として、1998年2月には、岩のドームを背景に、サラーフッディーン(サラディン)とサッダームを並べて描く切手も発行され、サッダームを“現代のサラディン”になぞらえようとするプロパガンダ政策が展開されました。

 サッダームはイラク北部、ティクリート出身ですが、この地は、十字軍と戦い、エルサレムを奪還した英雄、サラディンの出身地でもあります。このため、リンケージ論を展開するようになったサッダームは「パレスチナ問題の解決を訴えて二重基準と戦う自分は、現代のサラディンである」との自己演出を展開したわけです。

 加えて、サッダームを“現代のサラディン”とする言説には、パレスチナ問題とは別に、クルド人問題を意識したものでもありました。

 クルド人は、トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等にまたがるイラン系の民族集団で、人口は2500-3000万人。これは、独自の国家を持たない民族集団としては世界最大の規模です。このうち、イラク国内のクルド人に関しては、バアス党政権下の1970年、自治区が設置されましたが、イラン・イラク戦争中の1985年から88年にかけて、イラク東部のサルダシュトやハラブジャなどでは、主としてクルド系住民がイラン側に協力したとして、サッダーム政権はマスタードガス、サリン、VXガスなどの化学兵器をクルド人自治区で使用し、多くの住民を殺害。こうしたこともあって、1991年に湾岸戦争が勃発すると、クルド人はイラク政府に対して武装蜂起しました。

 その後、イラクに進攻した多国籍軍はイラク北部の北緯36度以北に飛行禁止空域を設けてクルド人を保護。これにより、イラク北東部のアルビール県、ドホーク県、スレイマニヤ県、ハラブジャ県の4県にまたがる“クルディスタン地域”が設定され、クルド人は自治権を獲得し、1992年には反体制派の大同団結集会も行われています。そして、それに伴い、自治区独自の旗が制定され、独自の通貨と切手も発行されました。

 ところが、クルディスタン地域の自治区内では、二大政党であるクルド民主党とクルド愛国同盟の対立が激しく、1994年以降、大規模な戦闘が発生し、クルディスタン地域は事実上の分裂状態に陥ります。このうち、クルド愛国同盟が反バアス党を優先してイランの支援を受けたことに対抗し、クルド民主党はイラク中央政府と結託。1996年8月には、イラク中央政府の支援を受けたクルド民主党が対立勢力を放逐し、クルディスタン地域は再びバアス体制に取り込まれることになりました。

 サッダームとサラディンを並置させるプロパガンダは、こうした背景の下、サッダームがサラディンと同じくクルド人の血統であることを強調することで、サッダーム=クルド人を含めたイラク国家の国父というイメージを演出しようとした意図がありました。

 もっとも、自らをサラディンになぞらえようとするサッダームの自己演出は、イラク国外ではほとんど支持者を得られませんでしたたが、彼が敵対している米国を“現代の十字軍”になぞらえて批難するロジックは、この頃から、アラブ世界の言論空間でも目立つようになってきます。

 その典型的な事例としては、1998年2月23日、ウサーマ・ビン・ラーディン、アイマン・ザワーヒリー(エジプトの原理主義組織“ジハード団”の指導者)、アブ・ヤシル・リファーイー・アフマド・ターハー(エジプトの“イスラム集団”の指導者)、ミール・ハムザー(パキスタン・ウラマー協会の書記官)、ファズルール・ラフマーン(バングラデシュの“ジハード運動”の指導者)が連名で“ユダヤ人と十字軍に対する聖戦のための国際イスラム戦線”の結成を宣言したことが挙げられます。

 同宣言では、米国が湾岸戦争以来「7年にわたって、最も神聖な土地、アラビア半島にあるイスラムの地を占領し、富を略奪し、為政者に命令を下し、民を辱め」ており、「十字軍(=米国)とシオニストの同盟によって、大いなる荒廃がイラク国民に与えられた」としたうえで、「アクサー・モスクと聖なる(メッカの)モスクを彼ら(=十字軍とシオニスト)を彼らの支配から解放し、彼らの軍隊をイスラムの全ての土地から排除するため…(中略)…米国人とその同盟者を、軍人・民間人を問わず、殺害することを決断するのは、それが可能な国に住むすべてのムスリムにとって、各人が個人として果たさねばならない義務である」と謳っており、米国を現代の十字軍になぞらえて、ムスリムの敵と認定しています。

 その際、エルサレムにおけるイスラムの聖地であるアクサー・モスクを持ち出すことによって、“十字軍”の語は、単なる比喩を越えて、歴史上の十字軍のイメージと、サッダームの提起した“リンケージ論”を具体的なイメージとして結びつける触媒となっています。その意味では、サッダームとビン・ラーディンという、本来は全く無関係であったはずの二人が、“十字軍”というキーワードによって、アラブ・イスラム世界の大衆心理においては、反米のヒーローに祀り上げられたといってもよいでしょう。

 今回ご紹介の切手は、そうした背景の下、2002年2月、サラディンがエルサレムを奪還したことで知られる“ヒッティーンの戦い”を題材に発行されたモノの1枚で、岩のドームを背に礼拝するサッダームの姿が取り上げられています。このデザインは、“現代のサラディン”が現代の十字軍に戦いを挑むというイメージが、より多くのアラブ大衆の心をつかみうるものであることを想定して制作されたものであることは間違いありません。なお、当初、この切手は1999年に発行の予定だったようで、一部の切手には“1999年”の年号が入っていますが、実際の切手発行は2000年にまでずれ込んでいます。

 さて、ことし(2017年)は、英国がパレスチナに“ユダヤ人の民族的郷土”を作ることを支持するとしたバルフォア宣言(1917年)から100年、イスラエル国家建国の根拠とされる国連のパレスチナ分割決議(1947年)から70年、中東現代史の原点ともいうべき第三次中東戦争(1967年)から50年という年回りになっています。

 これにあわせて、現在、本のメルマガで連載中の「岩のドームの郵便学」に加筆修正した書籍『パレスチナ現代史:岩のドームの郵便学』(仮題)の刊行に向けて、制作作業を進めています。発売日などの詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、よろしくお願いいたします。 


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は24日★★★ 

 8月24日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第7回が放送予定です。今回は、放送日が独立記念日のウクライナにスポットを当ててお話をする予定です。みなさま、よろしくお願いします。なお、高校野球の順延などにより、24日の放送がなくなる可能性もありますが、その場合はあしからずご容赦ください。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


 ★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

      タウンミーティング in 福山

  2017年9月17日(日) 14:00~、広島県立ふくやま産業交流館で開催の「日本のこころタウンミ-ティング in 福山」に憲政史家の倉山満さんとトークイベントをやります。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。なお、イベントそのものの詳細は、こちらをご覧ください。
      
 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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