内藤陽介 Yosuke NAITO
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 泰国郵便学(50)
2017-09-06 Wed 10:48
  ご報告がすっかり遅くなりましたが、財団法人・日本タイ協会発行の『タイ国情報』第51巻第4号ができあがりました。そこで、僕の連載「泰国郵便学」の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      タイ・国王48歳誕生日

 これは、1975年12月5日に発行された国王ラーマ9世48歳誕生日の記念切手です。

 歴史的に中国の文化的影響が強かったタイでは、十二支が一周するたびに“秩寿”を祝う習慣があるため、今回の切手発行は第4秩寿として特別な祝賀の対象となりました。ちなみに、前回、国王誕生日の記念切手が発行されたのは、第3秩寿にあたる1963年のことでした。

 国王48歳誕生日の記念切手は、2種類セットで発行されましたが、そのうちの75サタン切手は、国旗を背景に、上部に王室のエンブレムを、下部に国王のモノグラムを取り上げたデザインになっています。

 王室のエンブレムは、ブラフマー、シヴァとともにヒンドゥーの最高神の一人とされるヴィシュヌが邪悪を弱め毒を中和するために用いる円盤状の武器“スダルシャナ”に、同じくヒンドゥーの最高神の一人であるシヴァが持つ三叉戟(それぞれの先端は意思・行動・知恵を意味する)の“トリシューラ”を組み合わせたデザインで、君主を神の化身とみなすヒンドゥーの神王思想の影響を受けたものです。

 一方、国王のモノグラムは、頂点から光を放つ“勝利の王冠”の下に、ラーマ9世を意味するタイ語の3文字(ภ.ป.ร)を配しています。

 勝利の王冠はチャクリー王朝の王位の象徴の一つで、ラーマ1世治下の1782年につくられました。純金製で、高さ66センチ、重さ7.3キロで、ラーマ4世の時代にインド産ダイヤモンドの装飾が加えられました。高くとがった形状は国王の権威が神に由来するものであり、それゆえ、国王は人民を支配する権利を有することを意味しています。また、ラーマ5世の時代以降、西洋の王室に倣って戴冠式が行われるようになったことに伴い、以後、国王が勝利の王冠を着用するのは戴冠式のみとなりました。

 ところで、1975年は、ヴェトナム戦争の終結に伴い、(南)ヴェトナム、ラオス、カンボジアのインドシナ三国が相次いで共産化した年でもあります。

 このうち、タイにとって最も衝撃的だったのは、隣国ラオスでの王制廃止と共産化でした。

 1953年以来、断続的に内戦状態にあったラオスでは、1960年代半ばから米国と南北ヴェトナムが介入。米軍はラオス山間部が北ヴェトナムへの物資輸送を行うホーチミン・ルートになっているという理由で空爆を行っていました。さらに、1971年2月、米軍がヴェトナム戦争での局面打開をねらい、右派の支援と称してラオスに侵攻すると、ラオス内戦はヴェトナム戦争の一部に組み込まれます。

 その後、1972年、インドシナ紛争に関するパリ和平会談を受け、ラオスでも王国政府とパテート・ラーオ(共産革命勢力“愛国戦線”の軍事部門)との交渉がスタート。翌1973年1月、パリでヴェトナム和平協定が調印され、ヴェトナムからの米軍撤退が決まると、2月21日、ヴィエンチャンで「ラオス和平協定(ラオスにおける平和回復及び民族和解に関する協定)が調印され、現状位置での停戦が決められ、9月には新政府樹立に向けての中央合同委員会が発足しました。

 1974年4月には、右派(ヴィエンチャン政権)・中間派・左派(愛国戦線)の臨時3派連合政府(第3次連合政府)および政治諮問評議会が樹立されると、主導権を握った愛国戦線の扇動により、同年末、ラオス各地で王党派の軍人・官吏の追放を求める住民デモが発生。王族、高級軍人、議員とその家族など、共産化を恐れた人々が多数タイに脱出します。

 さらに、翌1975年4月30日の南ヴェトナムでのサイゴン陥落を経て、5月21日には反米デモ隊が米国際開発局と広報文化局を占拠。27日までに、米国は両機関を閉鎖し、ラオスから撤退しました。

 その後も左派は各地で攻勢を強め地方政府を革命行政委員会に改組。8月18日にはルアン・パバーンで、8月23日にはヴィエンチャンでも革命行政委員会が成立しました。そして、11月25日の臨時連合政府および政治諮問評議会の解体を経て、12月1-2日にルアンパバーンで開催された全国人民代表大会の結果、王制の廃止と社会主義国家“ラオス人民主共和国”の樹立が宣言されます。

 12月2日、退位を余儀なくされた最後のラオス国王、サワーンワッタナーは、1907年、ルアンパバーン生まれ。父王シーサワンウォーンの崩御を受けて、1959年、ラオス国王として即位しました。

 1949年7月19日、フランス連合内の協同国として成立したラオス王国の王位にはルアンパバーン王が就きましたが、ルアンパバーンの王家は歴史的にタイのチャクリー王朝と良好な関係を築いており、チャクリー王朝はルアンパバーン王家を姉妹都市ならぬ“姉妹王家”と位置付け、相応に遇していました。

 そうした両王室の良好な関係を象徴するものとして、1963年3月22日、タイを訪問したラオス国王のサワーンワッタナーはラーマ9世から“ラーチャミトラーポーン勲章”を授与されています。ちなみに、ラーチャミトラーポーン勲章は、1962年、“王の友好の証”としてラーマ9世自身の発案で制定された、タイ最高位の勲章です。

 このように、ラーマ9世と個人的にも親交のあったサワーンワッタナーが退位に追い込まれ、1354年に成立したラーンサーン王朝以来600年以上にわたって続いていたラオスの王制が断絶し、共産化したことは、南ヴェトナムやカンボジアの共産化に比べて、タイ社会に与えた衝撃ははるかに大きいものでした。

 当時のタイ国内は、1973年の10月14日事件以降、民主化が進行していく中で、石油危機とヴェトナム戦争終結による軍需景気の終焉により経済状況は悪化。労働組合の抗議活動によってモムラーチャウォン、セーニー・プラーモート連立政権が譲歩を迫られると、保守派や軍部は政府の弱腰を批判。それを学生らが“民主主義の危機”と糾弾して集会を呼びかけるなど、情勢は混沌としていました。

 こうした中で、ヴェトナム戦争の終結からわずか7ヶ月余の間に、インドシナ三国が相次いで共産化したことは、まさに、米軍がヴェトナム戦争に介入した大義名分、共産化ドミノ理論が“正しかった”という印象をタイ国民に与え、共産化の波がタイにも押し寄せるのではないかとの不安を醸成する結果をもたらしたわけです。

 また、左右のイデオロギーとは無関係に、ラオスおよびカンボジアから大量の難民が国境を越えてタイに流入してきたという現実は、“タイ王国”を取り巻く国際環境が危機的な状況にあることを否応なしに人々に認識させる結果となりました。

 このため、1975年12月5日、ラーマ9世の48歳誕生日の祝賀行事が行われ、あらためて、国王の威徳が国民に対して強調されると、タイ社会には、王制を護持するためにも、急進的な民主化にはブレーキをかけるべきとの空気が充満していきます。その結果、タイ社会の風向きは、民主化から保守化へと急速に変化し、1976年の総選挙では保守派が前年の選挙を大幅に上回って勝利することになるのです。


 ★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は7日!★★★ 

 9月7日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第8回が放送予定です。今回は、1999年のパナマ運河返還を決めた新パナマ運河条約の調印(1977年9月7日)から40周年ということで、パナマにスポットを当ててお話をする予定ですので、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

      タウンミーティング in 福山

  2017年9月17日(日) 14:00~、広島県立ふくやま産業交流館で開催の「日本のこころタウンミ-ティング in 福山」に憲政史家の倉山満さんとトークイベントをやります。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。なお、イベントそのものの詳細は、こちらをご覧ください。
      
 ★★★ 内藤陽介 『朝鮮戦争』(えにし書房) 重版出来! ★★★ 

      朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

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