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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 カープが連覇
2017-09-19 Tue 00:03
 プロ野球のセントラル・リーグは、広島東洋カープが昨年に続き、2年連続で優勝しました。というわけで、カープにちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      砥部焼・鯉(みほん)

 これは、1986年3月13日、第1次伝統的工芸品シリーズ第7集として発行された“砥部焼”の切手のうち、「染付鯉文徳利」の切手です。カープの優勝にちなんで鯉の切手をご紹介するのに赤色が使われていないのも愛想がないので、通常の未使用単片ではなく、赤字の“みほん”加刷を持ってきました。

 砥部焼は愛媛県砥部町を中心に作られる陶磁器で、やや厚手の白磁に、呉須と呼ばれる薄い藍色の手書きの図案が特徴です。また、讃岐うどんの器としてしばしば用いられることでも知られています。

 砥部地域では、古来、外山村より砥石を採取し瀬戸内海辺へ出荷することが行われており、ここから産する砥石は伊予砥として奈良へ送られ、正倉院の鏡を磨くことにも用いられていました。

 ところが、江戸時代の1762年、外山村から砥石を採る際の屑の処理に無償で動員されていた村人が、労役負担の免除を求めて大洲藩に願い出た“砥屑捨夫事件”が発生。このため、砥石屑の処分費用を、大阪の砥石問屋・和泉屋治兵衛が負担することになり、砥石屑の再利用法が模索されるようになりました。そして、1775年、9代藩主の加藤泰候から砥石屑を使った磁器の制作を命じられた杉野丈助が、五本松に登り窯を据え、苦労の末に1777年、白地に藍色の焼き物作りに成功します。これが、砥部焼のルーツです。

 その後、1848年、トンバリと呼ばれるレンガ造の窯が導入されて生産性が向上し、明治維新後の1872年からは、松前(現・伊予郡松前町)の唐津船で、販路が全国に拡大されたほか、輸出商品として、郡中港(現在の伊予港)から出荷された時期もありました。

 今回ご紹介の切手に取り上げられているのは、幕末の上原窯で焼かれた「染付鯉文徳利」で、当時の有力者がわが子の健康を祈って注文したものと考えられています。底の広い船手のかたちで、肩・腰のふくらみも大きくゆったりとした安定感を感じさせる名品で、切手発行時は仲田美惠子の所蔵品で、砥部町の文化財として同町の伝統産業文化会館に展示されています。

 ちなみに、この切手を含む伝統的工芸品シリーズの切手については、拙著『近代美術・特殊鳥類の時代』で詳しく解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
      

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