内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の切手:ベルギー
2017-09-29 Fri 10:58
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2017年9月13日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はベルギーの特集(3回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ベルギー・キリスト降架

 これは、1939年7月1日、アントウェルペンにあるリューベンス(英語読みだとルーベンス)の旧宅、リューベンスハイス(ルーベンスハウス)の保存資金を集めるために発行された寄附金つき切手のうち、『キリスト降架』を取り上げた1枚です。

 ピーテル・パウル・リューベンスは、1577年6月28日、アントウェルペン出身のプロテスタントの法律家ヤンの亡命中、ドイツのジーゲンで生まれました。1587年、ヤンが亡くなると、一家はアントウェルペンへ戻り、リューベンスはカトリック教徒として成長します。

 リューベンスはアントウェルペンで人文主義教育を受け、ラテン語と古典文学を学び、1590年、13歳でフィリップ・フォン・ラレング伯未亡人のマルグレーテ・ド・リーニュに誇称として伺候しました。ここで芸術的素養を見込まれ、アントウェルペンの画家組合、聖ルカ・ギルドへの入会を認められ、トビアス・フェルハーフト、アダム・ファン・ノールト、オットー・ファン・フェーンらに師事し、ルネサンス期の画家の作品を徹底的に模写して修行。1598年に修業を終え、聖ルカ・ギルドの一員となりました。

 1600-08年、イタリアに留学し、ミケランジェロの肉体表現、ラファエロやマンテーニャの古典思想的表現、ティツィアーノなどヴェネツィア派からの豊かな色彩による画面構成、コレッジョからの甘美的表現などルネサンス芸術を研究。一気に才能を開花させます。また、ヴェネツィアの外交使節として、名画を寄贈するためスペインへ向かう途中、大雨により名画を濡らしてしまった際には、自らそれを修復。その出来栄えの良さにスペイン国王のみならず、イタリアの貴族からも絶賛され、その名が広く知れ渡ることになりました。

 1608年、リューベンスは母親の病気の報を受けて帰国。母親の死に目には会えませんでしたが、腕利きの画家として故国に迎えられ、1609年9月、スペイン領ネーデルラント君主のオーストリア大公アルブレヒト7世と大公妃でスペイン王女のイサベルの宮廷画家に迎えられます。同年10月には、アントウェルペンの有力者ヤン・ブラントの娘イザベラと結婚。宮廷が置かれていたブリュッセルではなく、アントウェルペンに工房を設けることを許されました。リューベンスは大公妃イサベルの信任が厚く、画家としてのみならず特使や外交官の役割もこなし、日ごとに高まる名声と多くの弟子に囲まれて、独自の壮大な芸術を展開させていくことになります。

 アントウェルペン時代初期の代表作となったのが、十字架に掛けられるキリストを描いた『キリスト昇架』(1610-11年)と、それに続いて制作した『キリスト降架』(1611-14年)です。特に、今回ご紹介の切手にも取り上げられた『キリスト降架』は、当初、アントウェルペン市長のから、アントウェルペン大聖堂の火縄銃手組合礼拝堂のため、聖クリストフォロス(同組合の守護聖人)を主題とした絵を描くよう依頼を受けたものの、カトリックとプロテスタントの対立で失われつつあったカトリック教会の権威を取り戻すため、また、アントウェルペンの平和のため、見るだけで感動を伝えられる祭壇画をとの画家の説得により、画題を変更して制作されたもので、リューベンスの最高傑作とされています。

 1621年にフランス王太后マリー・ド・メディシスが、パリのリュクサンブール宮殿の装飾用に、自身と1610年に死去した夫でフランス国王アンリ4世の生涯を記念する連作絵画の制作をリューベンスに依頼。これを受けて、24点の絵画からなる『マリー・ド・メディシスの生涯』(ルーヴル美術館蔵)が作られました。(完成は1625年)

 1627年から1630年にかけて、リューベンスはスペインとネーデルラントの平和交渉のため、スペインとイングランドの宮廷を何度も往来。画家兼外交官として、各地の宮廷で賓客として遇されて作品を残し、スペインとイングランドから爵位を与えられています。

 1630年、当時53歳だったリューベンスは16歳のエレーヌ・フールマンと再婚(最初の妻、イザベラとは1626年に死別)。彼の代表作の一つとされる『麦わら帽子』は、エレーヌの姉、シュザンヌをモデルに描かれました。

 1635年、リューベンスはアントウェルペン郊外に土地を購入し、ここに建てたステーン城で晩年のほとんどをすごし、1640年、心不全で亡くなり、その遺体はアントウェルペンの聖ヤーコプ教会に埋葬されました。8人の遺児のうち3人がイザベラ、5人がエレーヌとの間に生まれた子供で、最年少の子供はリューベンス死去時に生後8カ月の乳児でした。

 さて、『世界の切手コレクション』9月13日号の「世界の国々」では、リューベンスとその作品についてまとめた長文コラムのほか、ベルギー・ビール、ダイヤモンド、画家ファン・ダイク、アントウェルペン五輪、フライドポテトの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、ベルギーの次は、来週10月4日に発売の10月11日号でのガーナの特集になります。こちらについては、発行日の10月11日以降、このブログでもご紹介する予定です。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は5日!★★

 10月5日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第9回が放送予定です。今回は、10月9日に没後50周年を迎えるチェ・ゲヴァラの切手にスポットを当ててお話をする予定ですので、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


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