内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 月夜のパレスチナ
2017-10-04 Wed 08:56
 きょう(4日)は中秋節です。というわけで、満月の風景を取り上げた切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      パレスチナ自治政府・アラブ連盟50周年

 これは、1995年にパレスチナ自治政府が発行した“アラブ連盟創立50周年”の切手シートで、切手部分には、パレスチナ出身の画家、イブラヒム・ハジメの1987年の作品、「パレスチナ わが夢の地」が取り上げられています。

 イブラヒム・ハジメは、1933年、英委任統治領パレスチナのアッコに生まれました。1948年、第一次中東戦争が勃発すると、一家はレバンン、ついでラタキアに難民として逃れました。

 ラタキアでのハジメは、独学で絵を学びながら、美術教師と簿記係をして生計をたてていましたが、1960-64年、ドイツ・ライプツィヒの視覚芸術アカデミーに留学。1974年以降は西ベルリンを拠点に活動し、在欧パレスチナ芸術協会のスポークスマンとしても活動しています。また、2007年以降、“パレスチナのための連帯の熊”と題して、国連の加盟国(当時)142ヵ国(当時)にちなんで、高さ2メートルの熊の像142ヵ体を展示する活動を行って注目を集めました。

 切手の題材となったアラブ連盟はアラブ世界の政治的な地域協力機構で、その構想は、第二次大戦中の1941年5月、アラブ諸国(委任統治下の自治政府等を含む)が枢軸側に就くことを避けるため、英外相アンソニー・イーデンが提案したのが最初です。当時の欧州戦線はドイツ軍に有利な戦況であったことから、アラブ側は様子見の構えで静観していましたが、連合国有利の戦況がほぼ確定した1943年2月になって英国が再提案すると、アラブ側がこれに反応し、具体化に向けて動き出すことになりました。

 ただし、連盟に対するアラブ諸国の思惑はさまざまで、まさに同床異夢の状況にありました。

 すなわち、アラブ随一の大国として、連盟設立の主導権を握っていたエジプトは、連盟はあくまでも国家間の緩やかな協力機構にするとの意向を持っていましたが、第一次大戦後のアラブ分割の結果として発足したトランスヨルダンシリアイラクの三国は、(現在の国名でいう)シリアからパレスチナにいたる“大シリア”を統合したうえで、他のアラブ諸国との連合を目指そうと考えていました。このうち、ハーシム家の王朝であるトランスヨルダンとイラクは、ハーシム家による君主制の下、統制の強い国家連合を想定していましたが、シリアは共和政体を主張していました。

 一方、キリスト教徒が人口の半数を占めるように設定されたレバノンは、アラブ諸国が統合されると、全体としてはマイノリティとなるキリスト教徒の権利が制約されることを恐れ、主権の移譲には絶対反対しており、サウジアラビアとイエメンは、そもそもアラブ連盟が実際に設立される可能性は低いと考えていました。

 結局、エジプトが中心となってともかくも各国の妥協をまとめ、加盟国に対するいかなる強制力も持たない緩やかな地域協力機構として、1945年3月22日のアレキサンドリア議定書調印によって、アラブ連盟が結成されます。

 こうした経緯から、アラブ連盟の本部はエジプトの首都カイロに置かれていました。しかし、1978年3月、キャンプ・デービッド合意でエジプトがイスラエルと単独で停戦し、両国が相互承認を行ったことから、エジプトは連盟の対イスラエル共通政策である「和平せず、交渉せず、承認せず」に違反したとして、1979年、エジプトは連盟を追放され、連盟の本部はテュニスに移転しました。その後、1990年にエジプトは連盟に復帰し、本部もカイロへ戻り、現在に至っています。

 なお、パレスチナをめぐるアラブ諸国の現代史については、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』でも詳しくまとめておりますので、機会があり間設楽、ぜひご覧いただけると幸いです。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は5日!★★

 10月5日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第9回が放送予定です。今回は、10月9日に没後50周年を迎えるチェ・ゲヴァラの切手にスポットを当ててお話をする予定ですので、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

スポンサーサイト

別窓 | パレスチナ自治政府 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
<< 切手でひも解く世界の歴史(9) | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  開天節 >>
この記事のコメント
#2452
ハジメとか、くららで知ったスパイのエリ・コーエン、ヨシ・ベナユン(サッカー選手)など名前が日本人に似てて勝手に親近感を持ってしまいます
2017-10-04 Wed 20:28 | URL | フォロワー #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
・フォロワー様
 逆の例ですが、エジプトの口語で“YES”にあたる語をアイワというのですが、このため、かつてオーディオ・メーカーの〝アイワ”はエジプトでえらく評判がよかったという話を聞いたことがあります。
2017-10-13 Fri 23:52 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/